約 2,288,102 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5205.html
結局のところどうなんだ。 世界は静まったのか。春にあった佐々木の件が本当に最後なのか。 そんなもんは解らん。古泉にだって解らんのだから、スナネズミ並の思索能力しかない俺ごときに解るわけがない。 ないのだが。 世界が静かすぎるのか? 俺の胸には妙な焦燥がある。晴天の霹靂なんて恐ろしい言葉を思いついちまったが、まさか今の静かな状態が台風の目から見える青空のようなつかの間のものではないだろうな。そうであってはならん。せっかくSOS団内外にごろごろしてた問題が一段落したってのに、それは実は暴風域の中心に入っただけですよなんてのは俺が断るぜ。 特に長門には絶対休養が必要なんだ。 俺が気を遣っていることは遣っているが、そんな程度のことが長門のような宇宙存在の気休めになってくれるとは思いがたい。できることなら、一日でもいいからあいつをハルヒの監視任務から逃れられるような快適な状況を作ってあげたいんだけどな。あの読書マニアのことだからどうせ図書館に一日中いるというのがオチだろうが、長門がいいならそれで構わん。 とにかく、休養が必要なときに九曜みたいなヤツが現れて長門のライフゲージを削るようなことをされては困るのだ。この際台風の目でもいい、せめて長門が飽きるくらい存分に読書できるまで待っててくれ。それか、世界がこのまま収まってくれるのなら俺は迷わずそっちを選ぶぜ。 長門じゃなくても、朝比奈さんにしても古泉にしても、七面倒くさい設定に束縛されずに生活できるんだろうからな。 * 「七夕よっ!」 七夕である。 「願い事は考えてきたでしょうねえ?」 といって、特別何かがあったわけではない。朝比奈さんに放課後部室に残っていてくれと頼まれることもなく、全員がその日のうちにどこぞの神様に対する要望を羅列した短冊を笹の葉にひっつけることができた。 今年も去年と同様に理屈からひねり出したような屁理屈を並べ立てたメモ用紙をハルヒが団長机に立って音読し、俺たちはそれぞれ十六年後と二十五年後に叶えて欲しい願い事を短冊に書かされた。 「あたしたちは将来のことについてもっと考えるべきなのよ。こらキョン、ちゃんと聞いてるの? あんたの将来なんか特に悲惨よ。もっと将来のことを真面目に考えるなさい!」 どっかの街頭演説並に無駄な熱意を込めて喋るのはいいとして、ハルヒに我が将来を心配されるのは業腹である。高校に行ってまで謎な部活動を設立して謎な活動しかしない奴なら、人の将来でなくて自らの将来を案じるべきだ。いっそのことUMA捕獲隊にでもなって一攫千金を目指したらどうだろう。チュパカブラあたりならわりと現実味がありそうだぜ。 『地球の公転を逆回転にしてほしい』 さて、これがこのヒネクレ女の一枚目願い事である。 精神年齢を成長させるべきだ。こんな願いが万一ベガやアルタイルにでも届いちまったら腹を抱えて大笑いするだろう。そうでなくてもこんなのを笹にひっつけて現世界で衆目にさらすこと自体が恥ずかしくて見てられん。 で、もう一枚は、これは少し意外だったのだが、 『SOS団メンバー全員が二十五年後にはそれなりの生活を送れるようにしなさい』 なるものだった。 何だ、精神年齢を成長させるべきだとか言ってしまったが、もしやハルヒも内面的に成長しているのか。それに、それなりの生活とはハルヒらしからぬ文ではないか。徹底主義者のこいつなら大富豪とか社長とか書きそうなものを。 俺が指摘すると、ハルヒは得意げに返答した。 「あんたがどうがんばったって二十五年後に大富豪や社長になってるわけないもん。そんな傲慢な願いは神様だって叶えてくれないし、あたしが神様だったらやっぱりあんたをそんなお金持ちにはしないわよ。だからあたしは叶ってくれそうな現実的な願い事を書いたつもりなの。よかったわね、これであんたも二十五年後には路頭に迷わずにすむわ。これから毎日朝昼晩三回ずつあたしに向かって手を合わせなさい」 何というか、団長ってのは団員を気遣うものらしいからな。それだけ団長の自覚が芽生えたってことで感謝するべきだろう。崇めるつもりは毛頭ないが。 朝比奈さんはまた、 『もっとおいしいお茶が淹れられるようになりますように』 『みんな幸せに過ごせますように』 と、後半部分など感涙モノの心の広さで、俺は改めて幸せに過ごさねばなるまいと心持ちを新たにしたのだった。笹の葉に吊した短冊に向かってパンパン手を叩いて黙祷する姿も、なかなか可愛らしいですよ。 『世界平和』 『平穏無事』 かのような高校生にしては無益に老成しているように見受けられる四文字熟語を書き殴ったのはやはり古泉で、何となく古泉の苦労を暗に窺わせる願い事である。古泉は吊してから時折吹き込む風に揺られる願い事を哀愁漂う表情でしばし眺めていたが、俺の視線に気づくと鼻を鳴らして肩をすくめた。俺とどっちが苦労してるかは微妙なところだな。 長門は、 『保守』 『進展』 何やら無味乾燥なくせに意味ありげなことを完璧な明朝体で書き、若干背伸びして笹の葉に吊していた。棒立ちで自分の書いた願い事を動物園のパンダを見るような目つきで眺めている。 「十六年後とか二十五年後に、お前はまだ地球にいるのか?」 俺は気になって、まだ竹の前から離れようとしないショートカットに訊いてみた。もちろんハルヒには聞こえないよう、声をひそめて。 長門は俺の言った意味を確かめるように二、三秒間をおいてから、 「地球上にいると断定することはできない。それを決定するのはわたしではなく情報統合思念体だから」 そりゃまた、あの宇宙意識を罵るネタができたもんだな。 「ただし」 長門は補足するように言った。 「わたしという個体は存在し続ける。有機生命体の機能を持っているとは限らないが、情報生命体、あるいは単なる情報体として銀河系のどこかに必ず存在しているはず」 長門にしては力強い言葉であった。 俺は何となく、文芸部冊子を作ったときの長門の幻想ホラーを思い返していた。 綿を連ねるような奇蹟は後から後から降り続く。 これを私の名前としよう。 そう思い、そう思ったことで私は幽霊でなくなった。 ――ほんのちっぽけな奇蹟。 ふむ。やっぱり長門には有機生命体のままでいてもらいたいもんだよな。 「夏休みまでは吊しとくからねっ」 というように、今年のSOS団の七夕は変な雰囲気をまとうキミョウキテレツなイベントとなった。 それぞれの組織の思惑が多分に含まれているであろうこの神に向けた願掛けも、ハルヒの意見によってしばらくはこの部室に居座りそうである。 ベガとアルタイルにもしこの文字群が見えたなら、ぜひそうしてやって欲しいもんだ。少なくとも、長門と朝比奈さんと古泉の願いくらいはな。あとハルヒの二十五年後に向けた願いも叶えてやって欲しい。十六年後に地球の公転が逆回転になってしまった場合地球にどんな影響が及ぶのかはいまいち解らんが、非現実的で傲慢な願いは神様も叶えてくれないだろうというハルヒ説に基づくのなら実現しないから大丈夫だ。俺が案ずるまでもなく地球は安泰さ。 ああ、誰か忘れてるな。 俺だ。 こんなのは真面目に書いたって物資的にサンタクロース以下の利用価値しかないだろうが、何も書かないのもどうかと思うしこの集団の中でウケ狙いの願い事を書いても古泉の苦笑が返ってくるだけのように思えたので、とりあえず思うままに書いてみた。去年の俺は俗物を頼んだために、どうせ未来の俺は金には困っていないだろう。だったらと思ってこう書いた。 『俺の身の安全を確保しろ』 『俺の知り合いに死人またはそれと同意の状態になる奴を出すな』 * 突然だが、SOS団という部活以下同好会以下の課外活動を何を持って終了して下校するかというのは実はほとんど決まったパターンである。 長門が電話帳ではないかと思うほど分厚いハードカバーを閉じると、その音を合図として誰からともなく席を立つことが習慣化されているのだ。おかしなことで、この暗黙の了解はハルヒにも通用しており、その日のハルヒがどんなに不機嫌オーラを発していても長門が本を閉じると自然と通学鞄を手にするのである。 ただし珍しいこともあるもんで今日は違った。今日は長門ではなく古泉が「ああ、もう時間ですね」と言ったのが終了の合図となったのだ。なるほど校内でも下校を急き立てるBGMが流れ出している。俺と古泉は廊下に放り出され、まもなく着替え終わった朝比奈さんと共にハルヒも出てきた。 「有希、早くしなさい」 驚いたことに長門はまだ部室内にいるようだった。ハルヒの呼びかけに中から小さく「わかった」という声がしたが、出てくる気配はない。読んでいる本が修羅場でも迎えたのか。 「校門のとこで待ってるけど、いい? いいなら戸締まりもやっといてくれるとありがたいんだけど」 再び「わかった」という声だけが聞こえた。ハルヒは妙な顔をしながらも他の団員を引き連れて階段へと歩き出す。俺は戻るべきかハルヒの金魚のフンと化すべきかしばし逡巡していると微苦笑の古泉が耳打ちしてきた。 「行ってあげたほうがいいでしょうね。いえ、もちろん僕ではなくあなたです」 「何か思惑があるのか?」 「さあ。もしかすると、あれは彼女なりの意思表示かもしれませんよ。あなたと二人だけの状況が欲しかったという、ね」 何か言い返してやるべきかと思ったが、古泉が気色悪くウインクなぞするので俺は黙って部室へと舞い戻った。一人で。 呆れたもので長門はまだパイプ椅子に座ってハードカバーに目を落としていた。 俺は何となく頬が弛みそうになるのを感じながら、 「長門、最近調子はどうだ」 長門は読みかけの本から漆黒の瞳を上げると首だけ俺のほうにやった。 「どう、とは」 「何かおかしなことが起こってたりしないかって意味だ。具体的に言うと、この間の宇宙野郎が暴れてたりしないか、とか」 「そう」 無論俺は長門の口から「ない」という二文字が出てくるに違いないと思っていた。古泉に教えられたこともあるし、さすがに九曜のヤツも少しは黙っててくれるだろうと。何よりあいつは情報統合思念体の監視下にあるんだ。そういうのは情報統合思念体の得意技なはずである。 だから、長門が無感動な声で当然のように、 「ある」 と答えたときには俺は反応に困った。 「えーと、あるってーと、おかしなことが起こっているということなのか?」 「そう」 そんなおはようの挨拶くらい簡単に言われても。 「どんなことなんだ。やっぱりあの、テンガイナントカってヤツがからんでるのか?」 「彼らに新たな動きが見られた」 長門は俺に視線を固定したまま、 「天蓋領域が、彼らのインターフェースを地球上から退去させた」 インターフェースの退去。 それがいったいどんな意味を持っているのかを理解するのに、俺はしばらく時間を要した。天蓋領域のインターフェース。長門とは違う種類の宇宙意識。 「九曜のことか」 「そう。情報統合思念体の把握能力では、現時点の地球において周防九曜と呼称されるインターフェースの存在を感知できなくなっている」 長門の淡々とした声が俺の鼓膜を震わせ、脳に届いて情報を理解したのと同時に俺は戦慄とも安堵ともつかぬ何かが身体を走り抜けていくのを感じた。 「地球からいなくなったってのか?」 「そう」 なんと。 周防九曜が地球からいなくなった。長門を何度となく攻撃してきたSOS団にとっての強敵は目の前から消え去った。 嬉しいことのはずである。あんなのが地球にいてメリットがあるとは思えん。あれに比べればタコ型火星人のほうがよっぽど庶民的であって友好的である。 だというのに、俺はいまいち喜べなかった。いろいろありすぎたせいで疑り深くなっているのかもしれん。 驚いた。俺はどうやら疑念を抱いているようだった。 なぜ九曜が地球からいなくなったのだろうか。 目的を諦めたのか。ハルヒの力だか佐々木の力だか知らないが、それを諦めて宇宙に帰っていったのか。 そんなことはありえん。 よもや長門並の力を持つあいつらがそんな簡単に折れるとは思えない。地球から出ていったのは目的を諦めたのではなく、何か他の目的があるからではないか。 捉えようによっては悲観的な考え方にも思えるかもしれんが俺は妥当なところだと思うね。俺の頭も経験値を着々と増やしているのさ。ま、何でいなくなったかと訊かれても俺は答えられんのだが。 こういうときは解ってそうな奴に訊くのが一番である。 「何故だ」 俺は訊いた。 「何で九曜が地球からいなくなったんだ」 「解らない。天蓋領域の思考パターンは我々には理解不能なもの。また、彼女がいなくなることによって情報統合思念体と天蓋領域との唯一の接点も失われたた。我々が彼らの意思を読みとることはできない」 あんなヤツでも一応唯一の情報源だったわけだしな。 それがいなくなったってのはますます怪しいじゃないか。ようするに、九曜がいなくなれば長門たちが天蓋領域の行動を把握できなくなるということだ。橋渡しをしていた九曜を地球から退去させることで、天蓋領域は情報統合思念体に意思を読まれることなく行動できるようになったわけだ。露骨に怪しすぎるだろ。 「それで、お前のところはどうするつもりなんだ。まさかそのまま放っておくのか?」 「天蓋領域の持つ力は情報統合思念体とほぼ互角だと判明している。退去の理由をはっきりさせないまま放っておくのは危険。今、情報統合思念体が総力を挙げて天蓋領域の位置特定を行っているところ」 宇宙の概念だけの存在が同じく概念だけであろう存在の居場所をどうやって特定するのかは古泉でなくとも興味があるが、そこは後日ゆっくり聞かせてもうらうことにしよう。 「お前はどうなんだ。何か、役割とかないのか?」 長門は俺を見て数回瞬きし、 「わたしに与えられた役割は、他のインターフェースと協力してあなたたちを保護すること」 無感動な声でそう告げた。 「安心していい。天蓋領域からの攻撃はわたしたちがガードする。危害は加えさせない」 他のインターフェースってのは喜緑さんのことだろうか。確かに、彼女と長門、それに古泉と朝比奈さん(小)(大)がいてくれるのならそれほど心強いことはないだろう。 しかしな、何度も言うが守られるだけってのも決して居心地がいいもんじゃないんだ。ハルヒみたいに無自覚ならともかく、俺のように何かが起こっていると知りながら何もできないのはけっこう苦痛だぜ。俺だってハルヒ爆弾の導火線に火をつけることぐらいはできるのだが、それを爆発させたことはほとんどないし、十二月に世界が変わったときは導火線に火をつけることすら不可能だった。あの時の喪失感はさすがにもう充分だ。 「長門、俺らを守ってくれるのはありがたいけどな、絶対に無理はするなよ。苦しくなったら何でもして俺か誰かに伝えてくれ。栞に書いて本に挟んでくれるだけでもいいし、ちょっと表情を変えるだけでもいい。あんまりお前にばっかり苦労をかけるのは嫌なんだ。お前も俺もSOS団の団員なんだからな」 「そう」 長門は表情一つ変えずに俺の顔を直視しながら、 「了解した」 * その後、俺はようやく本を閉じた長門と一緒に校門に向かった。さすがにもう待っていないかと思ったが校門前ではハルヒが律儀にも不機嫌面をして立っており、ついでに朝比奈さんと古泉もいた。 「遅い! 罰金!」 ハルヒは俺が駅前集合に遅れたシチュエーションとまったく同じトーンで言ってのけ、二人っきりで何をしていたのかさんざん言及されたあげくに結局俺が今度の市内パトロールで喫茶店代を奢ることになってしまった。長門はいいのかとツッコみたいところだが、どうせそんなことを言っても俺が喫茶店代を奢るのは日常茶飯事であり、長門にはいろいろ世話になってることもあるしたかが喫茶店代くらいでぶつぶつ文句を言うほど俺はできていない人間ではないつもりなので俺は口をつぐんだ。 そんなこんなで、ハルヒのUMAの話に付き合ったり古泉のややこしい宇宙理論の話を聞き流したりしているうちに駅前に着いて解散の運びとなった。下校途中も無言だった長門は、ハルヒに「じゃあね有希」と言われると聞こえないような声で「そう」とだけ回答した。マンションの方向にすたすたと去っていくセーラー服の小さな後ろ姿を何ともなしに眺めながら、俺は終わりそうにないハルヒのUFOがどうとかいう話に耳を傾けるのだった。 * さて、ここらへんでこの話の一旦の区切りがつくことになる。 今は知る由もなかったなどという常套句があるが確かにその通りであり、この静けさは嵐の前の静けさだったらしい。台風の目はいつまでも俺たちを庇ってくれはしなかった。 起こるべくして起こるのか、それともどこかで糸を引いているヤツがいるのか。どっちでもいいが、俺はそいつらに言いたい。 ふざけんな。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5822.html
「長門…もう一回言ってくれないか?誰だって…?」 「藤原。」 …… 嘘だろ? 「長門!何かの間違いじゃないのか!?」 「あなたがそう思いたくなるのもわかる。でも、これは事実。」 事実 事実 事実 事実 事実 事実 事実 事実 事実 …頭の中でこだまする二字熟語…今にも目の前が真っ暗になりそうな俺。 「おい…だっておかしいだろ??仮にも朝比奈さんは以前、藤原たちに誘拐されかけたことあるんだぞ? 被害者だぞ?なのに…何でその被害者が藤原と連絡とってんだよ!?」 「落ち着いてくださいキョン君…我々も気持ちは同じです…。」 …そうか。そういうことかよ。 「長門…お前ら二人が話をためらってた理由、ようやくわかったぜ。昼のときお前らが話さなかったのは… 単に俺がハルヒのとこへ行こうっていう意志を、朝比奈さんの話題で潰したくなかったから…だよな?」 「…そう。」 「そして今躊躇ったのは…未来人犯人説に朝比奈さんを、否応にも結び付けたくなかったから…そうだよな?」 「…そう。」 「でもな…それでも俺はいまだに朝比奈さんは仲間だと信じてる。疑おうなんて微塵も思わない。」 「しかし、彼女には犯人と疑われても仕方がない多くの側面をもっている。」 「長門…お前まさか朝比奈さんを…!」 …また、何熱くなってんだ俺…これじゃさっきの古泉の二の舞じゃねえか。長門だって本当はそんなこと 思いたくねえんだ…可能性を示唆こそしているが、本人だってつらくてそれを言ってる…それを察してやらねえと。 「いや、何でもない、続けてくれ長門…その側面とは何だ?」 「…涼宮ハルヒが倒れた時、もっとも彼女の近くにいた未来人…それが朝比奈みくる。」 「ちょっと待て長門…朝比奈さんはハルヒが倒れたとき、 俺たちと一緒に部室にいた。それはお前も見てるだろう?」 「それだけでは朝比奈みくるを無実とするには到底成しえない。 例の電磁波にしても、遠隔操作等使えば涼宮ハルヒの側にいなくとも何とでもなる。」 …… 「…他には?」 「朝比奈みくるが涼宮ハルヒの家の場所を知っていてもおかしくないということ。 さらには、未来経由でステルス機材をも入手できる環境にあるということ。」 「…ハルヒのあとをつけてた犯人まで朝比奈さんだと言うのか?」 「もちろん確証はない。しかし、彼女にはそれが可能。」 …… 「そして、極めつけは未来人藤原との会話記録。」 …こればかりはどうしようもねえな…。 「言いたいことはこれで終わり。あなたにはつらい思いをさせていまい、本当に申し訳なく思ってる。」 「いや…お前だって相当苦しかったろう。多々に渡る説明、ありがとな長門。…古泉もいろいろとありがとな。」 「いえいえ…とんでもないです。」 …… 慣れないな…これはあまりにショックが大きい。ついさっき 『氾濫する情報の取捨選択に徹して、なんとしてでもハルヒを守り抜く』と決心したばかりだってのに…。 情報の取捨選択だと?一体何が正しい情報で何が間違ってる情報なのか…俺にはもうわからない…。 ハルヒを守り抜く… っ!ハルヒを一人にさせておいたんだ…!それも、随分長いこと長門や古泉とは話してたから 相当時間が経ってしまっている。…嫌な汗が流れた。不審者がいないか見て回ると言い外へ出ただけに、 俺がそいつにやられてくたばったとか…妙な勘違いを起こしててもおかしくないんでは…!? せめて家にいることを願いつつ、俺は急いでハルヒに電話をかけた。 「もしもし、俺だ。」 「…キョン!?キョンなのね!?あんた…どこ行ってたのよ!?襲われたとか、そういうのじゃないわよね??」 案の定、最悪のケースを想定してたらしい。 「あのな、襲われてたら今こうやって悠長に電話かけたりはできないだろ?」 「じゃあ、今何してんのよ??」 「ええっと…なに、散歩してただけさ。」 「…呆れた。心配して損したわ!すぐ戻ってくるって言ったくせに…っ」 「とりあえず、今すぐ戻る!だから…機嫌直してくれ、な?…もちろん、お前は今家にいるんだよな?」 「当たり前でしょ?っていうか、そういう連絡はもっと早くよこしなさい!?本当キョンってバカなんだから…!」 「わかったわかった!すぐ戻るから、家でじっとしててくれな。」 俺は電話をきった。 「涼宮さん大丈夫ですかね?今の調子だと、だいぶ焦ってるようでしたが…。」 …お前もそう思ったか古泉。そりゃ、威勢だけはいつものハルヒだったよ。 だが、何か取り乱してるような感じがしたのは、決して気のせいじゃないだろう。 「そうであるならば、あなたは一刻も早く行ってあげるべきですね。」 「もちろんだ。だがな、お前らもくるんだよ!そもそもだ、こんな公園で待機しとかなくても… ハルヒに断って家に入れさせてもらえばよかったんだろうが!ハルヒだって、決して拒否はしなかったはずだぞ?」 「あなたと涼宮ハルヒが二人きりでいるところを私たちは邪魔したくなかった。それゆえの話。」 …… 変に配慮を利かせてたんだなお前ら…。 「とにかく、もうそんなことはいいから俺と一緒に来い! みんなと一緒のほうがハルヒだって喜ぶさ!仲間だろ?SOS団だろ!?」 「…その通りですね。我々も行くとしましょう、長門さん。」 「了解した。…しかし、それでは…SOS団は揃わない。」 …長門の言うとおりだ。 …… 俺は朝比奈さんのことをどう思ってる?あんな情報を聞いてしまった上で、一体どう思ってる? …敵? …… バカ野郎が!仲間が仲間を信じてやれないようでどうすんだ!? そうだ…朝比奈さんは、俺たちの仲間だ! 「長門、今朝比奈さんはどこにいる!?」 「!?本当に彼女を涼宮さんのところへ連れて行くつもりですか??」 「古泉よ…気持ちはわかる。でもな、それでも俺は朝比奈さんを仲間だと信じたいんだ。 愚かな人間だと笑い飛ばしてくれても構わない。それでも…俺は信じたいんだよ…仲間だと!」 「…そこまで言うなら、僕からは特に何も言うことはありませんよ。むしろ、あなたの考えに 賛同させていただきます。彼女のことを仲間だと信じたい気持ちは、僕も同じですから。」 「私も…仲間だと信じたい。だから、彼女を呼ぶことに異論はない。朝比奈みくるは…ここから近くのスーパーにいる。」 …俺とハルヒがカレー粉を買った所だな。よし、早速電話だ。 「もしもし。」 「もしもし…って、あれ?キョン君ですか!?どうしたの?!」 「今からSOS団みんなと一緒にハルヒの家へ行ってやろうと思ってましてね。朝比奈さんも一緒にどうですか?」 「も、もちろん行きます!そうだ、私今スーパーにいるんで お菓子やジュースを買ってそっちに持っていくね♪」 「それはさぞかしハルヒも喜びますよ!」 「だといいな…って、そういや私涼宮さんの家どこにあるか知らないんです…どうしよう…。」 「本当ですか!?ええっと、そうですね…そこのスーパーから一番近くにある公園はご存じですか?」 「え?ああ、黄色いベンチや象さんの滑り台がある公園のことですよね?わかります!」 一旦電話から口を遠ざける俺。 「古泉…すまんが、ここの公園で朝比奈さんを待っていてはくれないか。」 「お安い御用です。しかと導きますから、ご安心を。」 再び電話に戻る俺。 「ええっと、もしもし。古泉がそこの公園で待っているんで、 合流したらそいつと一緒にハルヒの家まで来てください!」 「ありがとう!後で古泉君にも礼を言っておきますね。」 「じゃ、そういうことで!」 「あ、はい♪」 …… ふう… いつもの朝比奈さんだ。電話なだけに声しか聞こえなかったが… それにしたって、あれはいつもの朝比奈さんだったように思う。 「じゃあ古泉、任せたぜ。」 「承知しました。」 古泉に一時の別れを告げ、俺は長門と一緒にハルヒ宅へと向かう。もちろん、走ってな。 「…長門さ、俺にはやっぱ朝比奈さんが犯人のようには思えねえわ。 さっきも電話で言ってたしな、ハルヒの家がどこかわからないって。」 「…でも」 「ああ、言いたいことはわかる。彼女が嘘をついていたとしたら?だろ。だがな、朝比奈さんに限ってそれは ありえねえよ。あの方に巧妙な演技が務まると…お前は思うか?仮に嘘をついていたとしたら彼女のことだ、 取り乱したり動揺したりだのですぐばれちまうさ。つまりだな、『涼宮さんの家どこにあるか知らないんです…』 ってのを自然体でしゃべった時点で、すでに彼女のシロは確定しちまってるんだよ。」 「!」 「…?どうした長門?」 「朝比奈みくるに関して…私は数時間かけて熟考したが確固とした答えは出せなかった。対して、 あなたはたった数分の会話一つで物の見事に彼女の白黒を判断してしまった。私はそれに驚いている。」 「なーに、難しいことじゃないさ。単に朝比奈さんの人柄を考慮したってだけの話よ。」 「…人柄。」 「そうだ、人間ならみんなもってるぜ。あ、もちろんお前にもな。」 「…そう。」 さて、着いたぞ。 カギは閉めるように言っておいたからな…インターホン鳴らすとするか。 「ハルヒ…俺だ!」 …… 玄関へと向かって走ってくる音が聞こえる。そしてガチャリと…カギの開く音がする。 「…キョン!!遅すぎッ!!覚悟はできてんでしょうね!?」 やはりハルヒは怒っていた。当然か…。あんな状況で一人残し、散歩に行った(ってことにした)んだからな…。 「本当にすまん…別に悪気があったわけでは」 「言い訳なんか聞きたくないわ!ホント、何が『すぐ戻ってくる』よ??」 「…まことに弁解の余地もない。」 言葉通りだ。何にせよ、結果的に嘘をついたのは間違いない。叱咤されても文句は言えんだろう? 「待って。彼を怒らないであげて。」 「ゆ…有希!?え?ど、どうしてキョンと一緒に!?」 俺の後ろから発せられた声に、ようやくハルヒはその存在に気付いたらしい。 「先程、外を歩いていたところを偶然彼と出会い、あなたの相談を受けていた。」 「あたしの相談を??」 「そう。そして、その答えというのが、SOS団の集合。」 ハルヒはポカンとしていた。何が起こったのかわからない、といった顔をしている。 …実は俺もその一人だった。長門よ?密談していたことを…奴に話しても大丈夫なのか?? 事情が事情だっただけに、ハルヒには本当のことを言わない方がいいと思ったのだが… 当たり前だが、知れば奴は大混乱である。 「SOS団って…みんながこれから集まるってこと!?こんな夜遅くに??ど、どうして??」 「彼はあなたに元気になってほしかった。だからみんなをこの家へと呼んだ。 もうじき古泉一樹と朝比奈みくるも来る。彼が戻るのが遅くなってしまったのは、このため。」 「…キョン?有希の言ってることは本当なの??」 「あ、ああ。そうだ。だから遅れちまって…」 「…そうだったんだ。」 なるほど、そういうことか。言われてみれば、俺も最初から長門のように取り繕えばよかったのか。 言ってることは事実だが、別段それが俺たちにとって不都合となるような情報は、彼女は一切話してない。 言うなれば、過程をすっとばして結論だけ述べたようなもの。実際問題、俺は古泉・長門との話し合いを重ねた上で 結果として、朝比奈さんを加えたSOS団全員でハルヒに会いに行こうって、そう結論付けたのだから。 「…バカキョン。そうならそうと言えばよかったのに。」 「なんというか、つい照れくさくてな。とりあえず…お前が思ったより元気でよかった。」 「当たり前でしょ!?あたしを誰だと思ってんの?」 「2人とも仲が良さそうで何より。」 …今日の長門はどこかおしゃべりだな。はて、こんなにお茶目な奴だったか? 「有希も変なこと言わないッ!別にそんなんじゃないわ!…とりあえず、せっかく来たんだから 上がっていきなさい!キョンも、いつまでもそこでボサっとせずさっさと入りなさい!」 「へいへい、わかりましたよ。」 まったく、ホント人使いが粗い団長様だ。その様子だと、俺がいない間に変なことがあった ってわけでもなさそうだな。とりあえず、家にいてくれただけでもよかったと言っておこう。 …今更ながら思った。外へ出ず、家でおとなしくしてくれてたその行動…これって、直情実行型のハルヒにしては かなり頑張ったほうなんじゃないか??一体…どういう心境で俺の帰りを待っていてくれたんだろうか。 電話越しの、あの微かに震えてた声を思い出す。…ハルヒには無駄に心配させちまったのかもな。 「ええっと、古泉君やみくるちゃんも来るのよね?なら、みんなの分のコップも用意しておかなくちゃ!」 そんなハルヒはというと…もはや隠すつもりもないのか、それはそれは生き生きとした表情をしていた。 さっきまでの様子がまるで嘘のごとく。…そんなにみんなが来てくれるのが嬉しかったのだろうか…? そのままキッチンへフェードアウトしていくハルヒを見送りながら、俺も不思議と気分が高揚していた。 …奴がいないのを確認し、俺はそばにいた長門にボソっとつぶやいた。 「長門、さっきはありがとな。正直、お前がフォローしてくれて本当に助かった。」 もちろん、先程の件である。 「礼を言われるようなことはしていない。私はただ、事実を言っただけ。 涼宮ハルヒのことを考えての行動、そして決断。それらは決して後ろめたいものではないはず。違う?」 「…いや、違わないな。まったくもってお前の言う通りだ。…たまには正直に言ってみるもんだな?」 「そう。」 その後、遅れて古泉と朝比奈さんもやってきた。5人ともなると、さすがに雰囲気的にも賑やかだ。 「ところでさ、みんなはもう夕食は食べた??…9時過ぎてるからさすがに食べてるんだろうけど。」 ハルヒが口を開く。 「いやー、実はまだ食べてないんですよ。」 「わ、私もです…。」 「私はどちらにせよ問題ない。しかし、何か食べられるに越したことはない。」 古泉…お前が公園で食ってた弁当って…ありゃ昼飯だったのか?それから9時まで…飲まず食わずで ずっと公園で待機していたというのか?…とりあえず乙と言わせてもらおう。一体どこの特殊部隊だ。 朝比奈さんもまだなのか。となると、あのとき彼女がスーパーにいたのは、 大方夕食の食材でも買う段取りだったってとこなんだろう。で、そこに俺が電話をかけてきたと。 長門は…まあ…その、なんだ、情報操作とかいうインチキまがいなことをすりゃ、食さずとも生きていける体質では あるんだろうが…。『食べられるに越したことはない』って発言が彼女の食事に対する甲斐性を裏付ける。 基本大食いだからな長門は。食べることに人間とは違う… 一種の喜びみたいなものを感じてるのだろう。 「それはよかったわ!せっかく来てもらったんだし、今からみんなにカレーをご馳走するわ!」 「それは恐縮です。感謝して、いただくとしますよ。」 「涼宮さんのカレー… 楽しみだなあ♪ありがとうございます涼宮さん!」 「カレー……っ …ありがたくいただくとする。」 各々が感謝の意を言葉に含ませているわけだが、一人だけ 異色のオーラを身にまとっているように見えるのは俺の気のせいだろうか。 「ハルヒ、あのカレーはまだ残ってたのか??」 「もともと4、5人ぶんの分量はあったからね。 明日にでも帰ってきた親に振る舞おうと思ってたんだけど…この際どうでもいいわ!」 どうでもいいのかよ!って突っ込みは無しだ。何よりも、 俺たち仲間のことを大事に思ってくれていることの表れだろう。 「火にかけてくるからちょっと待っててね。そうそう、これあたしだけが作ったんじゃないのよ? キョンとの共同作業の賜物!だから、ま、楽しみにしててね~」 「え、キョン君も一緒にカレー作ってたんですか!?ますます楽しみです♪一体どんな味に仕上がってるのかな?」 「あなたが料理ですか。いえ、特に他意はありませんよ。 涼宮さんと家で何をしているのかと思えば、夕飯の手伝いをしていたというわけですね。」 「あなたが作ったカレー…気になる。」 おいおいハルヒさんよ…何が共同作業だ。そんな誇れるようなもんをやり遂げた覚えはねえぞ… 単に野菜を切って退場したってだけだろ!? …しばらくして古泉、長門、朝比奈さんの眼前にカレーが運ばれてくる。 「さー、召し上がってね!麦茶と紙コップここに置いとくから!」 「では、ありがたくいただくとしましょう。…ふむふむ、色合いが良いですね。なかなか整ってます。」 「にんじんやじゃがいもの形が個性的です♪もしかして、これキョン君が切ったんですか?」 「朝比奈さん!?どうしてわかったんです??」 「ほーらキョン!だから言ったでしょ?この大雑把な乱切りはキョンらしさが出てるって!」 「そうやるよう指示したのはお前だろが!」 「でも、そのほうがキョン君らしいですよ♪」 朝比奈さん。その発言の真意は何でしょうか…?プラスの意味ってことで取っていいんですよね? そうに決まってる。なんせ、あの朝比奈さんだからな。 「味のほうも…悪くないです。十分おいしいですよ涼宮さん、そしてキョン君。」 「私も同感です♪」 「ありがとう、古泉君にみくるちゃん!」 だから…俺はそこまでこの料理に介入していないのだがな…。 ふと長門のほうを見る。 「……!」 何やら目を丸くしている。あれは…何だ?驚いているのか? 「長門?どうした…まさか口に合わなかったか?」 「…たまねぎの形が、ユニーク。」 ! 「え、やはりこの小さなツブツブした物はたまねぎだったんですか!通りで、何かそんな味がすると思ってました。」 「言われてみればそうですね…!」 長門の言葉を受け、それに古泉と朝比奈さんが呼応する。 「ゴメンね、みんな。キョンがみじん切りしちゃったみたいなの… でも、これもキョンの趣味らしいから許してあげてね!」 ちょっと待てハルヒ 「キョン君はカレーを食べる時たまねぎはいつもこんな感じなんですか!? …あ、いや、個性があって私はいいと思いますよ♪!」 「なかなか独特な感性をお持ちですね。御見それいたしました。」 「…ユニーク。」 ハルヒよ…いくら俺のせいだからとはいえ、その仕打ちはあんまりだ…。見よ!すっかり朝比奈さんと長門には 誤解されてしまっているではないか!?古泉は空気を読んだ発言をしただけで、誤解はしてない感じだが。 とにかくだ…彼女たちにジョークが通じないというのは、お前もわかっていたはずだろう…!? あ、わかってたからこそ敢えて言ったのか。鬼の所業だ… 「あ、そうだ…私お菓子やジュースを買ってきたんです!みんなで食べましょう♪」 おお、これは…なんとも豪勢だ!チョコレートに砂糖菓子、おつまみにスナック、マシュマロ、クッキー、そして ファンタ、カルピス…選り取り見取りとはこのことだ。さっきの鬼の所業云々についてなど、もはや忘れたぜ。 しかし…これだけの量、少なくとも1000円はしただろう。さすがに、彼女に全額支払わせるわけにはいくまい。 「皆さん、お代のほうはいいですよ?私、基本いつも皆さんのお役には立てませんから…これくらいいいんです。」 「何言ってんのよみくるちゃん!?役に立たないなんて…いつどこの誰に言われたのよ!?」 「あ、いえ、そういうわけじゃぁ…」 「なら別にいいじゃないの!そんなこと言うやつがいたら…あたしがぶん殴ってあげるから安心しなさい!」 「涼宮さん…。」 同感だハルヒ。俺もそのときは助太刀してやろう。 「レシート見せて、みくるちゃん。」 「あ、はい。」 「…みんな、みくるちゃんに300円ずつ渡して!」 「ふぇ、ふぇえ!?これ5人で割ったって240円とか250円とか、そのへんですよ? これじゃ私だけ額が余っちゃいます!」 「そんな誤差気にしない!余った分はあたしたちからの気持ちだと思っときなさい!」 ハルヒ…良いこと言うじゃねえか。SOS団メンバー全員揃ったおかげか、すっかりハルヒは 団長様気分で元気を取り戻している。朝比奈さんも呼んだのは正解…いや、そもそもこの考えがおかしい。 彼女は俺たちの仲間だから呼ばれて当然の存在だ。そうだろう? とりあえずハルヒの号令に従い、俺たちは朝比奈さんにそれぞれお金を渡した。 「皆さん…ありがとうございます。」 「いいっていいって!じゃ、みんな飲むわよ~食うわよ~!!」 飲み物がジュースで結果的に助かった。もしこれが酒やビールでもしたら… おそらく俺たちは朝まで酔いつぶれてしまっていただろう。…それくらいのテンションだった。 …… しばらく食うだの話すだので盛り上がってた俺たちだったが… 急に立ちあがる二人。長門と古泉だ。 「ん?どうしたの二人とも?」 「夜風に当たるべく外に出る。」 「僕は…ちょっとコーヒーを自販機で買ってこようかと。」 「ちょ、ちょっと待ちなさい!あんたたちキョンから事情は聞いてるんでしょ?? 外はやめたほうがいいわ。誰かいるかもしれないし…。」 「?」 何のことかわからず、きょとんとする朝比奈さん。 そういや彼女にはまだ話してなかったんだっけか…適当な時に彼女にも話すとしよう。 「大丈夫ですよ涼宮さん。何かあったらすぐ戻ってきますので…同様に、長門さんもね。」 「そ、そう?ならいいけど…。」 そう言い残し、颯爽と外へ出ていく二人。 …… 「…古泉君がコーヒー買いに行くって言ったの…おそらくあれはウソね。」 おお、ハルヒもそう思うか。それもそのはず、飲み物なら朝比奈さんの買ってきたジュースで十分事足りるからだ。 それでいてこんな寒い中買いに行くなど…重度のコーヒーオタクでもない限り、まずないだろう。 もちろん、古泉がそういう性癖をもってるとの記憶もない。つくづくウソをつくのが下手なやつだ。 「あたし的にはね…有希と一緒に外に出てったってのがポイントなのよ!」 そうだな…普通の人間ならともかく、それが長門となれば話は別だ。彼女の場合、外出という行動一つとっても たいてい何かしらの意味は孕んでいる。そして、それを古泉は察した。で、ヤツも同様に外に出てったと… まあ、そんなとこだろう。 「有希と古泉君…いつから仲が良くなったのかしら?最近よく一緒にいるわよね?」 この辺りからか、俺とハルヒとで思惑が違うことに気付く。 「もしかして…二人ともできてちゃったりして。」 え? 「ふぇえええええええええ!?」 何いいいいいいいいいい!? 驚愕する俺と朝比奈さん。ハルヒよ…その発想はなかった。一瞬反応が取れなかったじゃないか。 「だって、こんな夜中に男女二人が適当な理由つけて外に出るなんて… それくらいしか思いつかないじゃないの!」 …言いたいことはわかる。…ただし、それが一般人の男女であるならの話だがな。 「団員は恋愛禁止とか言っておいたのにあの二人ときたらまったく…。 ま、別にいいわ。あの二人お似合いだと思うし!」 おいおいおい…話を勝手に、いや、妄想を勝手に進めるんじゃない! 「ほ、本当に長門さんと古泉君は付き合ってるんですか??私、今の今まで気が付きませんでした!!」 「だー!朝比奈さん、ハルヒの言うことを鵜呑みにしないでください!ヤツは何か勘違いをしてるだけです!!」 まったく…、一体ハルヒはどこまで本気で言ってるのやら…。 それにしても、二人は本当になぜ出て行ったんだろうな?ハルヒの横から聞こえてくる 暴論はほっといて、とりあえず俺は落ち着いて考えをめぐらせてみるとする。 …そもそも、俺たちが今日ここに集まったのは外敵からハルヒを守るためだ。 それがまず最優先事項のはず。とすれば、二人が外へと出た理由は何だ? …… 敵の迎撃…? だとすると、今ってもしかして非常に危険な状況なんじゃ… だが、もしそうなら長門…ないしは古泉が俺にそのことを伝えるはずだ。いや…ハルヒがこの場にいたから 話せなかったのか?…もしかしてアレか、俺も一緒に外へ来いってことか?で、そこで事情を話すと。 「ねえねえ、みくるちゃん!有希と古泉君ってお似合いよね!?そうよね??」 「そ、そんなのわかりませえええーん!」 「みくるちゃんさ、愛を確か合う方法って知ってる!?」 「ななななななな、何でそんなこと聞くんですかああー!?恥ずかしいですうぅー!」 …相変わらずのんきな会話である。もはや朝比奈さんをからかってるようにしか見えないのは…決して 気のせいではないだろう。どうやら今のハルヒにとって、古泉と長門の関係はさほど重要なものではないらしい。 …… うーむ…外に出て二人に話を伺ってきたいとこだが、さすがに俺まで行ってしまうのはまずい気がする。 3人もの人間が外へ出たとなると、間違いなくハルヒも異変に気付き外へと出てしまうだろう。 ここは…おとなしく静観しとくとするか。それに、長門と古泉なら何かあったって大丈夫だ。 それだけの知識と能力を、あいつらは身に付けているからな。 …ん?電話が鳴ってる。玄関のほうからだ。 「あら、誰かしら。ちょっと行ってくるわね。」 リビングを出るハルヒ。 「二人になってしまいましたね、朝比奈さん。」 「そうですね~」 「まったく…ハルヒは本当にけしからんヤツですな。 さっきの会話、もしあいつが男なら間違いなくセクハラで訴えられますよ。」 「ははは、いいんですよ。確かに恥ずかしかったですけど、涼宮さん楽しそうでしたし…私も私で面白かったですし。」 「なら、いいんですけどね。」 …… 「ねえキョン君…私って本当にみんなの役に立ってるのかな…?」 …今日の朝比奈さんはどうしたんだ?何か気持ちが滅入るようなことでもあったのだろうか。 まさか、未来のほうで何かあったか?? 「そんなことないですよ朝比奈さん。あなたは十分俺たちの役に立ってます… いや、役に立つ立たないの問題じゃない。いて当然なんですよ。」 「……」 「何かあったんですか?俺でよければ話を聞きますが…。」 「…昨日の晩、私は力になれたかしら…?」 昨日の晩とは…俺たちがファミレスにいた時だ。 「世界が危機に瀕してる…そんなとんでもない状況なのに私は昨日あの席で… 長門さんや古泉君に説明を任せっぱなしで、自分自身は何一つ重要なことはできなかった…。」 …そういえば長門と古泉によるマシンガントークの嵐だった気はする。 「しかし朝比奈さん…それは相手が悪すぎですよ…、例えば長門なんかは人間的能力を超越してる時点で すでに論外ですし、古泉も古泉で…長門ほどではないですが一高校生としては異常なくらいの博識の持ち主です。 一方の朝比奈さんは普通な人間であると同時に、何より未来人だというハンデがあります。 最近のことを知らないのは当然ですし、逆に未来のことを話そうとすれば禁則事項がかかってしまう。 俺としては、朝比奈さんは凄く頑張ってる方だと思いますよ。だから…どうか気を落とさないでください!」 「キョン君ありがとう。でも、慰めならいいの…実際昨日どうだった? 私はいてもいなくても同じじゃなかったかしら…?」 朝比奈さんの目は真剣だ。 …あのとき、本当に朝比奈さんはいてもいなくてもどうでもいい存在だったのか? いや、そんなはずはないだろう…よく思い出せ…! …… 『私も頑張りますから、キョン君も一緒に頑張りましょう!』 『ちょっとくらいなら良いと思いますよ私は♪息抜きには、こういうのも必要だと思います。』 『あ、キョン君もう飲んじゃったんですね。私が新しいの汲んできましょうか?』 『はい、キョン君!白ぶどうです♪』 『…キョン君、大丈夫ですかぁ?きついようでしたら仮眠でもとります?』 『そうですよ。私たちも協力しますから!絶対にそんな未来になんかしちゃいけません…!』 「…朝比奈さん。」 「は、はい?」 「あなたには…長門や古泉には無い物があります。俺が二人の難解な説明を聞いて頭を悩ましているとき… 朝比奈さんが投げかけてくれた言葉の数々は、俺の疲れを随分と癒してくれましたよ。もしあなたがいなかったら… 二人の説明を本当に最後まで粘り強く聞けていたかは…、正直自信がありません。ですから、 本当に感謝してます。変に力まずにただ…自然体のままで。それで十分なんですよ。」 「キョン君…。そう言ってくれると嬉しいです…、でも私…」 …… 「いや、なんでもないです!…私を励ましてくれてありがとう。」 よかった…幾分か調子を取り戻してくれたようだ。 「自然体か…、じゃあ昼にあそこまでやっちゃったのは私らしくなかった…のかな。」 「昼?何かあったんですか?」 「あ、え、ええっとですね。」 「ああー!ようやく終わった…まったく、久々の長電話だったわ…!」 電話が終わったらしい。ハルヒさんが再び戻ってきた。 「おお…ハルヒか。相手は誰だったんだ?」 「…親よ。今日は何食べただの、どこ行っただの、誰と会っただの聞かれたり…あと、 冷蔵庫や戸棚に入ってるおかずやオヤツの位置を教えてくれたりだの…ホンット、面倒な親よ!」 …大変だったんだなハルヒ。 「まあ…しかし裏を返せば、それほどお前は親に大切に思われてるってこった。 娘を一人で家に残せば、そりゃそうなろうて。」 「ふーん…そういうもんなのかしらね。」 …そういや、朝比奈さんの話を聞きそびれてしまったな。話の文脈上から察するに…昼の時間帯、 いろいろと何かを頑張ってたみたいだ。その『何か』…が聞けなかったわけだがな。 …ん?昼? …… 『今日の午前11時47分、朝比奈みくるがこの世界の時間平面上から消滅した。』 『午後1時24分、彼女は再びこの時間平面上に姿を現した。』 『行き先はもともと彼女がいた世界…未来だということは判明している。』 …そういや、ちょうどこのとき、彼女は未来へと時間移動してたんだっけか。 しかし、そこ(未来)で何をしてたかまではわかっていない。…今ハルヒが来なかったとして、 果たして朝比奈さんはその暗部を、俺に打ち明けてはくれたのだろうか?それともくれなかっただろうか? くれなかったとしても、それは打算的なものではないと…俺は信じている。 大方いつもの禁則事項とやらであろう。だが… 『この世界は危機に瀕してるのですよ。我々だって…最悪の場合死ぬかもしれない。 そんな時期に際してまでも、彼女は我々より【禁則事項】とやらを優先しようとするわけですか?』 あのとき、俺はこの古泉の発言に対し取り乱してしまったわけだが。あいつは…朝比奈さんを悪く 言いたかったんじゃない、仲間であるなら話してほしいと…信じたかったのだ。ただ、それだけの理由。 今更だが…ヤツのあのときの気持ち、少しはわかった気がする。 「あれ、そういえばまだ有希と古泉君帰ってきてないの?いい加減戻ってきてるとばかり思ってたけど。」 …あの二人はまだ外にいるわけか。一体全体何をしているのだろうか。 …… ん?俺の携帯が鳴ってる…メールか。差出人は…古泉か。どれどれ。 (長門さんが敵に対して一斉攻撃を始めます。急ですみませんが…涼宮さんを連れて逃げください。) …… は? 何かの冗談か? …… …マジで言ってんのか…? 一斉攻撃??この住宅街で今から攻撃??敵??敵って誰だ?? ……?? あまりに急すぎて思考が働かない。 …… ただ、事の重大性は理解していた。ハルヒをここから連れ出してやらねえと!! …だが、行動に移すには間に合わなかった。 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオン…… 「「「!?」」」 突然の爆発音 慌て慄く俺たち 「な……何よ!?今の音!?」 「そ、外から聞こえましたよ!?!な、何ですかぁ今の!??」 …… 長門…マジで始めやがった。 「あたし…外見てくる!」 玄関へ向かって走り出すハルヒ…っておい!ちょっと待て!お前は行くな!! …しかし、あまりに凄い爆音だったせいか…体が怯んでしまったのか。 思うように四肢が動かせない。…くぅ…情けねえ…!それでも…俺はハルヒの後を追う。 「す、涼宮さん!?キョン君!?」 一人残されるのが不安だったのか…同じく俺たちの後を追いかける朝比奈さん。 外に出て唖然とする俺たち。 …隣の家がまるでダイナマイトで爆破されたかのごとく…木端微塵になっている。 辺りには火の粉や粉塵が蔓延している。 「な…長門!?これはいくらなんでもやりすぎだろ!? 隣に住んでる人はどうなったんだよ!?まさか殺したのか!?」 長門に詰め寄る俺。事態が全く呑みこめず、その場に立ち尽くすハルヒと朝比奈さん。 「そもそも、もともとあの家屋にいた住人は情報の操作と改変で…今はいないことになっている。」 「それは…長門がやってくれたのか??そりゃよかったぜ…。」 「私ではない。やったのは敵。」 「…どういうことだ??」 「住人の存在を情報操作によって消すことで、彼らはこの家への潜伏を可能とした。 そして、私が隣家にただならぬ気配を感じたのは先ほどの午後9時21分のこと。」 「僕が長門さんと一緒に外へと出て行ったのは…このためです。敵を掃討すべくね。」 ふと、側に古泉がいることに気付く。何やら…大きな鉄の塊を両手に抱えている。 「こ、古泉…それは…本物か…??」 「ええ、正真正銘、本物の…機関銃です。」 さっきの大爆発といい今はっきりわかった。こいつらに【手加減】の文字はない…本気で殺るつもりでいる。 「しかしだな…いきなり爆破はやめてくれないか…?心臓が止まりそうになったぜ!? 警告のメールも前もって送ってくれ…いくらなんでも直前すぎだろ??」 「それに関しては謝ります…すみません。その証拠に、 涼宮さんを連れ出すこともできなかったようですね…あそこで唖然としている彼女を見ると。」 …… 「仕方がなかったんですよ…というのも、敵に動き出そうとする明確な気配が感じられましたので。 やむをえず、長門さんからの提唱で先手を打たせていただきました。あのメールも… 僕なりに速く打ったつもりなんです。どうかご勘弁を。」 「…それについてはわかった。で、もう終わったのか?? そりゃそうだよな?さすがに、今の攻撃喰らって生きてるなんてことは。」 「先ほどと同数の熱源を確認している。つまり、敵はまだ生きている。」 ふと気づいた。大破した家屋の破片が宙を舞っている。 なぜ? 次の瞬間 それらは弾丸のごとく 雨となり 俺たちに降り注いだ 「……!?」 何が起こったのか、一瞬よくわからなかった 「…とっさの迎撃で対抗しましたが…、くそ!!守りきれませんでしたか…!!」 来襲する破片めがけ機関銃をぶっ放した古泉。おかげで今、俺は無傷でいる。 だが …… 角膜に映しだされている光景を、俺は夢だと思いたかった ハルヒと朝比奈さんが …… 血まみれで伏しているというのは 一体どういう冗談だ…? 目の前が真っ暗になった
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5842.html
2人の絶叫だけが長門の部屋に残り、俺たちは奈落の底に落ちていった 永遠とも思える落下の後、ドスンと落ちた俺は腰を打ちつけていた しかし思ったほど衝撃は少ない やれやれと思って立ち上がろうとしたら、上からハルヒが落ちてきた ぐえっ 「アイタタタ・・・・・・」 おいハルヒ、早く下りてくれ。かなり重いぞお前 「ハァ?女子に向かって重いだって? あんた、全地球人類を敵に回すつもり? それとも何よ、あたしが重いって言うの? 重い女は嫌いって事?」 いやハルヒさん それとこれとは別でしょう ただ上から落ちてきただけですから 「やっぱちょっとダイエットすべきかなー。あたしさー、最近もしかしたらみくるちゃんより重いかも知れないのよね ねえキョン、どう思う? あたしもうちょっと痩せた方がいいの?まあ・・・あんたがそう言うんなら、頑張ってみないこともないけどさ」 ハルヒ頼む 悩み事はとりあえず俺の上から下りてからにしてくれ。じゃないとお前のいい匂いで卒倒しそうだ 「ふふーん、キョン あんたもだいぶ正直に物が言えるようになってきたわね 団長として嬉しいわよ。やっとあんたが真人間になりつつあると思うとね」 ああ もう好きに言ってくれ。こうやってるのも悪くない気分だけど今はそんな場合じゃないだろ 「分かってるわよもう」 ハルヒは俺の上から飛び降りて制服のスカートを直した 「ねえ。見てキョン!あれ!」 ハルヒが指さす方向には何人かの男女が見えた もちろんすぐに正体は分かる。SOS団と佐々木の1派が争っているのだ 「行くわよキョン!急いで!」 ハルヒは猛ダッシュで駆け出し、俺は慌てて後を追いかけた。30秒ほど走ってかなり近づいた 「有希!今助けるからね!」 そう叫んで走り寄ったハルヒの体は、ゴーンという音を立ててまたもや跳ね返された ハルヒ大丈夫か?吹っ飛んできたハルヒを危うく受け止め、そっと横たえた 「いったぁーっ・・・」 鼻を押さえてうずくまるハルヒを抱きかかえながら俺はあらためて、自分が来た世界を眺めた 空にはまばゆいばかりの星空がきらめき、地面は真っ黒で何も起伏がない 明らかに地球人の常識からはかけ離れた場所だ ここから15メートルほど離れた場所で戦う者たちの姿が見えた 激しく動き回っている赤い光はあれは古泉か。この世界じゃあいつの能力も使えるらしいな 少し離れた場所で右往左往している朝比奈さんは、なぜか時々点滅していた 数秒間消えたかと思うとまた現れる そして横たわっているのは長門だ。まだ意識が戻ってないのか ピクリとも動かないその長門の足元に立ちはだかり、周防九曜と思われる長い黒髪の女子と激しい攻防を繰り返しているのは・・・ 俺の背中にまた鳥肌が立った 振り下ろされるナイフの鈍い光沢、そして脇腹に突き刺さった冷たい金属の感触が、俺の全身から冷や汗を絞り出させた あ、あ、朝倉涼子がどうしてここにいる?しかも長門を守るようにして そうか、あいつは長門のバックアップだったっけ 長門がピンチなのを見て駆けつけたのか? 周防九曜は両手の指先から次々と光線のようなものを出し、朝倉を貫こうとする 朝倉涼子はまるでそれを割り箸でも掴んでるかのように手づかみにして、さらにはボキッと折っていた 両者の攻防は互角に見えたが、なかなか朝倉は攻勢に転じられないようだった 朝比奈さんから少し離れた所には、いた!あいつがいる 顔を見ただけで殴りつけてやりたいぐらいにムカつく野郎が あの藤原が朝比奈さんに手のひらを向け、朝比奈さんの動きに合わせて小さく振っている そのたびに朝比奈さんはあちこちに逃げ回り、時折りピカッと光って姿を消す 未来人同士の戦争がどんなものなのか、もちろん俺に知る由はないが、おそらくおれはあれでものすごい戦闘を繰り広げているのだろう 赤い光と化した古泉の周囲には分散した青い光が取り囲んでいる あれは橘京子のものなのだろうか、その1つが時々古泉に向かって突進し、古泉は全身でそれを跳ね返す 青い光は力を失って地面に落下するが、古泉からも光の破片がキラキラとこぼれ落ちており、多少はダメージを負っているのが分かった 予想していた通り、激しい戦闘の真っ最中だったが、俺にとっての気がかりはいまだに目を覚まさない長門と、そして彼らから少し離れた所にいる1人の少女だった ハルヒの言った通り、やはりあの新入生だった クルッと巻き毛の天然パーマなのか、繰り広げられる戦闘に目を輝かせながら手に持っているオーパーツを軽く左右に振り回している 俺はハルヒを地面に横たえて、ぶち当たったバリヤーを調べてみた 長門のマンションを覆っていた柔らかいものとは違って、ガラスのように固い物体だった 手で叩いてみてもガンガンと響くだけで向こう側には届かない どうやらあっち側からはこちらは見えないようだ 大声で古泉の名を呼んでみても何の反応もない 俺は再びハルヒを抱え起こし、揺さぶってみた。おいハルヒしっかりしろ、大丈夫か? 鼻を真っ赤に腫れ上がらせたハルヒがウーンとうなる 「いったぁー、何よ今度はいったい」 またバリヤーみたいだな。しかも今度はえらく固いぞ 「またこじ開けて入ればいいじゃないの」 ハルヒは鼻に手を当てながら立ち上がり、俺がやったようにドンドンとそれを叩いてみた 横たわったままの長門に懸命に声をかけるが当然反応がない 「うーん、ダメねえこれじゃ」 ハルヒは何事かをわめきながらひたすらバリヤーを殴りつけ、地面との隙間に指を突っ込んでこじ開けようとしている 何とかならないかハルヒ?このバリヤーをぶち破る方法は 「それは無理だよキョン」 また後ろから佐々木の声がした。こいつもついてきやがったのか 「どうやらあっちで起こってる事はこっちからはどうしようもないみたいだね」 おい佐々木、もういい加減にしろよ こんな無駄な争いをして何になるんだよ お前はこれで満足なのか? あいつらに戦わせてお前はここで高見の見物かよ 「だってそうしろって言われたんだからしょうがないじゃないか 大将はのこのこ敵前に出ていくことはないって それが仲間の意見ならば、僕は喜んで従うね」 仲間だと?何なんだよその仲間ってのは こんな変な世界で、ハンディがある相手を叩きのめすのがお前らの戦いなのか? それがお前らの仲間なのか? 「ふふっ。キョン 僕にとっては彼女たちはまだあまりよく知らない存在だ 突然目の前に現れて神様になって下さいとか言われていくら僕でもそんな事を真に受けたりはしないさ だけどねキョン、そんな事を言っている連中でも僕を慕ってくれてるんだ それを仲間と呼んでどこがいけないのかい?」 だったらお前も中に入って堂々と戦えよ 俺もハルヒもこの中に入れろ それから長門を目覚めさせてやれ お前らの下らん神様理論なんかはどうでもいい 条件を対等にしろ 何だかんだ言いながら結局お前らのやってることは卑怯以外の何物でもないじゃないか 長門の能力が怖いから眠らせて、ブチ切れたハルヒを恐れて中に入れようともしない それがお前の仲間とやらのしてる事じゃねーか 何が仲間だよアホらしい 俺たちの団長を見てみろよ アホで向こうみずで後先を考えない事ばっかりしてるけど、あいつの仲間を思う気持ちはお前なんかには負けはしない 何が大将は奥でじっとしてろだよ うちのハルヒを見てみろ あいつなら、団員を助けるために核融合炉にでも飛び込む覚悟はあるぞ それが俺たちの団長だよ。SOS団の自慢の団長だよ 「そしてキョンの大好きな彼女だってのか?」 そうだよ 俺はハルヒが大好きだ あんなバカな女だけど、俺たちを思ってくれる気持はこの銀河系の誰にも負けはしない あれが俺の大好きな女だ 俺は1人では何もできないけどな、ハルヒと一緒ならどこにだって行けるぞ 佐々木はちょっと遠い目になった 「変わったな・・・キョン」 当たり前だろ もうお前を自転車に乗せて塾に通ってた頃の俺とは全然違うんだよ 見つけたからな。一生かけて守ってやりたいと思う相手を 「うらやましいよ、キョンが そんな風に自分を変えられた君が」 お前は自分を変えようとは思わなかったのか? 「思わなかったよ だって変える必要がなかったからね このみんなに会えるまではね。チームSOSの仲間に出会うまでは」 チームSOS?何だそれは? 「ははは 君にはまだ言ってなかったかな?恥ずかしいんだけどちょっとインスパイアさせてもらったよ。僕たちのチームだ 『静けさを大いに楽しむための佐々木のチーム』だ」 それならSOSチームなんじゃないのか?順序が逆だぞ 「細かい事はいいんだよ別に 何となく語呂がよかったからさ」 SOSの名を聞きつけたハルヒが佐々木を見つけ、両腕をブンブン振り回しながらやってきた 「ちょっとあんた、いつまでこんな卑怯な事やってんのよ。あたしを中に入れなさい。もちろんキョンもね」 「それはできないわ涼宮さん。 みんなにきつく言われてるから。あなたが入れるのは最後の仕上げだけ」 「いいから早く入れなさい!今すぐに!」 「ご自分でお入りになったら?」 「ええそのつもりよ。キョン!もうそんな女は放っといていいから。体当たりしてでも突入するわよ」 はいはい団長さま 「キョン!本気でそんな事するつもりか?」 当たり前だろ。俺は団長のボディガードだ 団長の行く所ならたとえ地獄にでもお供するぜ ましてや仲間を助けるためなんだ。SOS団に不可能はないんだよ 「キョン!そんな優等生の分からずやに何言っても無駄よ。まあ同級生のよしみもあるんでしょうけどね」 「待って!それはさせられない」 佐々木の体が大きく震え、クリーム色をしたモヤモヤした物体がハルヒの体を包み込んだ 「ちょっと!何よこれ!動けないじゃないの!キョン!助けて!」 俺は急いでハルヒを包んでいる靄の中に飛び込んだ と思ったらハルヒの体を通り抜け、反対側に出ていた もう一度やっても同じだった 俺の指先はハルヒに触れる事もなく、そのまま通過して飛び出してしまう 何だこりゃ?ハルヒ? 「キョン・・・・・・」 待ってろハルヒ、すぐに助け出してやる おい佐々木、もうやめろ。ハルヒに手を出すんじゃねえ 他のヤツラならともかく、お前にこんな事をさせたくない だからハルヒに手を出す事だけはやめてくれ 「じゃあ君が身代わりになるかい?」 ああ それでいいのなら俺は構わない 「キョン!あんたいったい何言ってんのよっ!」 ハルヒ みんなを助けてくれ 長門を助けろ、お前ならできる 長門さえ起こしてしまえばこっちのもんだ 「ちょっとキョン!」 さあ佐々木、さっさとやれ。俺を好きにしていいからハルヒを助けろ 「ふっ 君が代わってくれても意味はないんだよ あくまで団長は涼宮さんだからね」 いいから変われ 俺とハルヒを入れ替えろ 「それはできない。今の時点での危険因子は涼宮さんだからね」 くっそう 引っかからないかさすがに 俺の背後にはクリーム色の靄にからめられたハルヒがもがいている 「キョン!キョン!」 俺は佐々木を睨みつけたままで 何か策はないかと思い巡らしていた バリヤーの向こうでの戦いはいったいどれぐらいの時間に及んでいるのか 古泉も朝比奈さんも、もちろん朝倉涼子も、もうかなりのダメージを受けているはず ほとんど防戦一方の戦いにはたして勝ち目はあるのか 仮に長門が目を覚ましたとしてあの調子で戦いに参加する事はできるのか? 幾つもの疑問が頭を駆け巡る 俺とハルヒはこのまま 仲間が必死で戦ってるのを見殺しにしてしまうのか・・・ 「キョン、キョン」 ハルヒの声も苦しそうだ。俺は佐々木に背中を向け、ハルヒの方に向かった ハルヒどうした?苦しいのか? 「大丈夫よ、動けないだけ だけどキョン、こんな悔しい想いは初めてよ。何もできないで負けちゃうなんて・・・ 有希・・・ごめんね・・・一番つらい時に一緒にいられなくて みくるちゃん・・・あんなに頼りなかったのに、必死で戦ってるのに何もしてあげられなくて 古泉くんも・・・いつもわがまま聞いてくれたのに、最後はこんな形になるなんて ごめんね・・・これじゃ団長失格だよね。偉そうな事ばっかり言ってたのに 結局何もできないだけだなんて」 俺の目の奥で何かがはじけた 何か真っ赤なものがパーンとはじけた 俺はゆっくり向き直り、佐々木に静かに告げた 佐々木・・・ハルヒを出してくれ、今すぐに 「それはできないと言っただろ 君に代わっても何の意味もない事ぐらい分かっているはず」 そうか・・・ 俺は肩を落とし、力なくうなだれた そして次の瞬間、全速力で佐々木に向かって走っていた もう何も考えられない ただ無性に腹が立っていた どうせ何もできないのなら、せめてこいつだけにはひと泡吹かせてやりたい 俺をバカにしたいのならいくらでもすればいい だけどこれだけは絶対に許さん ハルヒをバカにする事だけは許さない 俺たちの団長を、俺の大好きなハルヒをバカにする事だけは許せなかった 「ちょ・・・キョン?」 俺は上体を丸めて佐々木に襲いかかった 何かを叫んでいたような気がするが覚えていない ショルダータックルをぶちかますつもりだったのだが、予定した場所に佐々木はいなかった 空気が漏れるようなシュッという小さな音が聞こえたような気がする 俺は勢い余ってそのまま突進し、バリンという音とともにもんどりうって倒れ込んだ 「キョン!」 気がつくと空気の匂いが違っていた。血なまぐさい臭いが鼻をついた 誰の血の臭いなのかと頭を上げると、目の前には小さな女の子が倒れていた これは?どんなカラクリなのか、俺はバリアーを抜けたようだった そして俺が体当たりしたのはこの子なのか 俺の横に転がっている新入生の手に握られたオーパーツを見て、俺は本能に任せて行動した 素早くその手からオーパーツを奪い取り、バリヤーの外にいるハルヒに向かって走り出した いったい今日はどれぐらい走ってるだろうか。少しは運動能力の向上に役立つだろうか そんな事を考えていると耳元に誰かの声が聞こえた 「・・・・・・とうとう来た・・・私のきれいな・・・その瞳・・・・・・」 横目でちらりと見ると周防九曜が俺の動きを追っていた 長い黒髪がブラリと横に拡がり、次の瞬間、それが一斉に俺を目がけて飛んできた 追いつかれる前にバリヤーの外にたどり着こうと必死で走ったが、恐ろしいスピードで追いかける槍のような黒髪の方がはるかに早かった 「キョン!」 「キョンくん!」 誰かの悲鳴が聞こえたような気がした 俺の耳元にシュルルルといううなりが聞こえ、今にも無数の槍に貫かれるかと覚悟した瞬間、ブシュブシュブシュと何かが突き刺さる音が聞こえた ハルヒ・・・ ハルヒ・・・ 俺は・・・もう・・・・・・ あれ?痛みがない 呆然とする俺に何か柔らかいものが覆いかぶさった 「早く渡して!」 誰かにそう言われてハッと気がついた 聞き覚えのあるこの声は、朝倉涼子! 「あなたならあのバリヤーを貫通できるはず!走って!」 俺は異を唱える事もせず、ハルヒに向かって走った 再びシュルシュルといううなりが後ろから聞こえ、俺は首をすくめた ブシュブシュブシュ 「キョンくん・・・」 朝倉・・・ 俺の体にかぶさるようにして朝倉涼子が倒れ込んできた 暖かい液体が俺のシャツを濡らす。これは・・・血? 「キョンくん・・・あの時は本当にごめんね。 自分が間違っていたことがやっと分かった 長門さんの気持ちもね」 朝倉! 「せっかく戻って来られて、キョンくんにちゃんと謝ろうって思ってたのに。またこうなっちゃった しょせん私はやっぱり、ただのバックアップにすぎないって事かしら? さようなら、キョンくん。できたら私の事は、あまり悪い思い出にしないでほしいな」 朝倉! 体中を周防九曜の長い槍で貫かれた朝倉涼子は やがていつかのようにサラサラと砂になって崩れ落ちていった 俺はオーパーツをまだ持っている事を確かめた バリヤーの側にいるハルヒからはあと少しの距離だ 俺は残りの距離を猛ダッシュに賭けた。バリヤーの向こうにいるハルヒに手渡す これが突き破れなかったら、その時は俺も終わりだ 周防九曜の槍に貫かれて、朝倉のようにサラサラと消滅する事もできず、血にまみれた無残な死体を晒すのか オーパーツを持った右手をバリヤーの向こうにいるハルヒに必死で突きつけた ハルヒ、これを持ってこっちに入って来い! 不思議な事に、オーパーツは苦もなくバリヤーを突き抜けた 佐々木が作ったクリーム色の靄すらも通り抜けて、ハルヒはしっかりとそれを握りしめた また背後からシュルシュルと唸りが聞こえてきた。身を隠せるものは何もない。助けてくれる朝倉ももういない 俺は目を閉じた そして・・・・・・ 何も起こらなかった 体中を串刺しにされる感覚も、焼けるような激痛もなかった そして俺の後ろに誰かが立っている感覚を感じた こわごわ目を上げてみると、そこには見慣れた制服姿の小柄な女子が立っていた 周防九曜が放った長い黒髪の槍を片手で鷲づかみにしていた 「ああ・・・・・・あなたは・・・ここにいてはいけない存在・・・・・・不快な・・・とても不愉快なもの・・・・・・」 周防九曜は次々と槍を繰り出し、その女子はそれを片手で受け止め続けた 見上げる俺の全身に安堵感が広がる あまりの安堵に体中がガタガタと震え出すほどだった 長門・・・・・・ ついに復活したのか長門・・・ 長門は氷のような無表情を崩さないまま あの懐かしい淡々とした口調で 「・・・・・・お待たせ」 そうつぶやいて、九曜の攻撃を跳ね返し続けていた 「・・・・・・離れないで」 長門は右手で攻撃を受けとめながら左手をバリヤーの外に伸ばした 長門の左腕が5メートルぐらいに伸び、ハルヒの腕を掴んだ バリバリバリと激しい音を立てながら、バリヤーごとハルヒを中に引きずり込んだ 俺は転がり込んでくるハルヒをしっかり受け止めた これでついに役者が全員揃った。SOS団の勢ぞろいだ どんな仕組みになってるのかなんて俺には分からない だけど今、団長以下5人のSOS団メンバーがついに終結したのだ 形勢が一気に逆転した 長門はめまぐるしい動きで周防九曜の攻撃を防ぎながら詠唱し、古泉に群がっていた赤い光を叩き落とす さらには朝比奈さんと藤原との間に白い光の壁を作った 古泉は力を回復して再び橘京子に襲いかかり、朝比奈さんは変な悲鳴を上げながら 「わ、わた、わたたたたたーっ!」 と叫んで藤原と一緒に姿を消した ハルヒがバリヤーの中に入ったのを見た佐々木も中に入ってきて、クリーム色の靄を俺たちに向かって放ってきたが、オーパーツを握りしめたハルヒが無造作にそれを踏みつぶした 俺はしっかりとハルヒの手を握りしめていたが、ハルヒはその手をそっと放した 俺たちの前でガードしていた長門の前に出た すかさず周防九曜が槍を放つが、それらは全てハルヒの手前で力なく失速して落ちた ハルヒの全身から不思議な光が発光している 古泉が最も恐れていた事態がついに訪れたのか 自分の力を自覚したハルヒが、怒りのあまりにとんでもない大暴走を引き起こそうとしているのか? おいハルヒ 危険だぞ長門の後ろに戻れ 「・・・・・・やめなさい」 ん?ハルヒ? 「もうやめなさいって言ってるのよ」 初めて聞くハルヒの低い声だ 腹の底から響くようなハルヒの重低音だった 俺はこの時初めて気がついた 本気で怒った時のハルヒは口数が少なくなるのだと 「有希、もういいわ。無事で何より」 長門も攻撃を収めた 「古泉くん、元の姿に戻りなさい。みくるちゃんも、もう帰ってきなさい」 古泉は赤い光球から人間の姿に戻り 「ふぇぇぇぇぇーっ。 7億年前まで遡っちゃいましたぁ」 と言う朝比奈さんは気絶した藤原の手を掴んで戻ってきた 佐々木率いるチームSOS(この名前は使いたくないな)も攻撃の手を休め じっとハルヒを見つめている オーパーツを奪われた新入生はキョトンとしていたが ニッコリ笑って立ち上がった ハルヒはゆっくり歩いて古泉の前に立った さすがの古泉も疲れた表情で肩で息をしていたが、近づいてきたハルヒを見てわずかに頬を緩めた しかし次の瞬間、俺の心臓も凍りついた パンと乾いた音がして、ハルヒが古泉の頬を叩いていた 「副団長がこんなつまらない争いごとに巻き込まれてどうするのよ! 私の指図もなしに独断専行は許さないわよ!」 古泉は呆然としていたが、ハルヒの目に浮かんでいた大粒の涙を見て顔をこわばらせた 「申し訳ありません、団長」 ハルヒはそのまま朝比奈さんの元に向かい、やはり頬を叩いた 「みくるちゃんはあたしのかわいいマスコットなんだから、こんな危険なことしちゃダメじゃないの!」 朝比奈さんは目をくるくるさせていたが、ハルヒに抱きしめられて大声で泣き出した 「みくるちゃん、ごめんね、無理させて。あたしが早く来れなかったばっかりにこんなひどい目にあわせちゃって」 「すっすっすっ涼宮さーん」 しばらく抱き合っていた2人だったが、やがてハルヒが体を離した 再び俺と長門の前に戻ってきて、やはり長門の頬もパンと叩いた 長門なら軽く避ける事もできたのだろうが、黙ってハルヒの平手打ちを受けた 「有希、有希、あんたはね、何でも1人で抱え込んでるんじゃないの つらかったら、1人でいるのがつらい時は電話しなさいっていつも言ってたでしょ? あたしたち仲間なんだから、どうして今まで何の相談もしてくれなかったのよ!」 抱きしめられてもまだ無表情の長門だったが、大きく見開かれたその両目から、大粒の涙がぽろりとこぼれた 「・・・・・・申し訳ない」 そしてハルヒは俺の前に戻り、俺をグーで殴りつけた おいハルヒ、何で俺だけグーパンチなんだよ 「うるさいバカキョン!あんたは全部知ってたんでしょっ! 知ってるくせに何で私に何も言わなかったのよ! あんたの責任が一番重いんだからね! 一番下っ端のくせに!一番あたしと一緒にいたくせに! あんたがもっと早く話してくれたらこんな事にはならなかったのに! 有希も古泉くんもみくるちゃんも、こんな目に会わずに済んだかもしれないのに!」 いやハルヒ これにはいろいろと事情があってだな 「黙りなさいっ!!!」 ハルヒは再び俺をグーで殴った そしてハルヒはくるっと体を反転させて佐々木に指を突きつけた 「神さまになりたいのなら好きにすればいいわ 世界を作り変えたいのならいつでもどうぞ ただし、1つだけ言っておくわ あたしの大事なSOS団員に指一本でも触れたら、今度はただじゃおかないからね! あんたがどこの世界のどんな神さまだろうと、あたしが必ず探し出してこの世から消し去ってやる!」 佐々木はしばらく呆然とハルヒを見ていたが やがてクスクス笑いだした 「さすがは涼宮さんね やっぱり私はかなわないわ ちょっとだけだけど神さまなんて言われていい気になってたのかもしれないわね ごめんね涼宮さん あなたの大事な仲間をこんな所にまで連れて来てしまってごめんなさい でも1つだけ分かってほしいの あの子は全然悪くないから あの子のために、この世界を作り直すエネルギーを分けてほしいって頼まれて それで周防さんにも協力してもらって今回の作戦になったの 責任は全て私にあります。憎むなら私を憎んで下さい だけどこの子は別だから。一人ぼっちでここで生きていくのがかわいそうだと思ったから だからこの子だけは許してあげて」 ハルヒは無邪気に笑う新入生をじっと見た 「あなた、名前は?」 「名前はまだありません」 「もう北高はやめちゃうの?」 「えっと、まだ決めてません」 「そう、じゃあいいわ。でもこれはもうしばらく預かっとくから、後で学校に取りに来なさい」 「はい!」 ハルヒはそれ以上何も言わずに戻ってきた 呆然とする古泉と、泣きじゃくる朝比奈さん、そして無表情のままで涙をこぼす長門を俺の前まで引っ張ってきた 「さあキョン、帰るわよ」 ああ これだけ暴れりゃ充分だろ 暴れ足りないのはハルヒだけじゃないのか? 「・・・キョン」 え? 「マジで殺されたいの?」 ・・・・・・ 「帰るわよ」 俺たちは輪になって手をつないだ 「みんな、目を閉じて元の世界を念じるのよ 有希のマンションのあの部屋をね」 「・・・・・・それでは不足・・・・・・終わらせない・・・・・・」 後ろから小さな声が響き、長い髪の毛を狼のように空気で膨らませた周防九曜が襲いかかってきた ハルヒの持っているオーパーツを目がけてギラギラした光の束が襲いかかる すぐに反応したのは長門だった 高速呪文を唱える余裕はなく、長門は瞬間移動でハルヒの前に立った 「有希!」 長門は小さな体を太い光に貫かれ、その目を大きく見開いている 「有希!」 「長門さん!」 長門! 「・・・・・・いい・・・・・・肉体の損傷は無視できるレベル」 周防九曜はその長い髪が大きく膨れ上がり 小柄な体を5倍ほどの大きさに見せていた 「・・・・・・ここで終わる事はできない・・・・・・あなたは美しくない・・・・・・」 長門が素早く詠唱し、俺たちを包むように、白い光の壁が発生した 「早く戻った方がいい」 「・・・・・・あなたは美しくない・・・・・・この場所にはふさわしくない」 周防九曜の体もオレンジ色の光に包まれ、ゆっくりと空中に浮かびあがった すかさず長門が追従し、同じように空中に浮かんだ 「有希!もうやめなさい!もういいのよ!」 「このインターフェイスを残しておくのは危険。私が始末する」 おい長門、もうやめよう。こんなの放っといてみんなで帰ろうぜ 「それはできない。このインターフェイスは暴走を始めている」 暴走? 「そう」 「・・・・・・私は今日、習いました。言葉の意味を・・・・・・これはお花です。とても美しい・・・・・・あなたが好きです・・・・・・お前は死ね」 長門、こんなの相手にして大丈夫なのか? 「勝算はある。早く退避を」 おい佐々木、ここは危険だ。お前も全員連れて帰れ ハルヒ、俺たちも帰ろう 「でも有希が・・・」 長門が勝算があるって言うんだから信じようぜ 「有希・・・」 「・・・・・・私は、歩きます。遠くのお空に。明日は、お肉を、食べました」 見守っているうちに周防九曜の様子が明らかにおかしくなっていた 第1形態が指からの光線の矢、第2形態は髪の毛の槍 とするとこれが第3形態なのか、オレンジ色の球体に包まれたその体から次々と光の束が長門に向かってほとばしった 長門は素早く詠唱しながらその光を直前で跳ね返し、返す刀でオレンジ色の光に切り込んでいった 「キョン、私たちはこれで戻る事にするよ」 ああ佐々木、ここは危険だ 「君たちも無事帰ってきてくれよ」 もちろんだとも。気をつけてな 佐々木と橘京子、そして藤原の姿が消えた おいハルヒ、俺たちも帰ろう 「でも・・・有希が・・・」 帰ろうとしないハルヒの気持ちは俺にもよく分かる ようやくハルヒにも今までの俺たちの行動が読めてきたのだろう 自分の知らない場所で行われてきた壮絶な出来事に目を丸くし、また長門を1人残しておけないという気持ちは俺たちももちろん一緒だ 上空で繰り広げられるすさまじい戦闘に、俺たちは目を奪われていた 周防九曜は次々と攻撃を繰り出し、長門はそれを防ぎながら何やら光を出して攻撃もしていた 下から見ている俺たちには戦況はさっぱり理解できない やがて飛び道具では埒が明かないと見たのか周防九曜は距離を詰め、再び黒髪の長い槍を四方八方から突き立ててきた 何本かずつまとめて払い落していた長門だったが、そのうち数本が無残に体を貫いた 「有希!」 「私は大丈夫。それより早く帰還すべき」 「あんたを置いて帰れるわけないでしょう!」 「置いて行っていい。必ず戻る」 「本当?」 「本当」 「絶対に帰って来なさいよ!有希!」 「約束する」 まだ名残惜しそうなハルヒをせきたて、俺たちは再び手をつないだ するとまだあの新入生が残っているのに気がついた。おい、お前はこっちに来なくていいのか? 「ここが私の世界ですから」 こっちは今から危険な状態になるかもしれないんだぞ 「構いません。その時はそちらの世界に行きます」 絶対生きろよ、こっちでもあっちでもいいから 「はい!ありがとうございます先輩」 「さあみんな祈って!向こうに帰れますように。・・・・・・有希が無事に帰って来れますように」 足元が激しく揺れ、時間移動とも次元震ともまた違う感覚の後で、俺たちは再び固い地面に立った 「ほわーっ」 朝比奈さんの溜息とともに、ようやく地球に帰ってきた事を実感した 出発点と同じ、長門のマンションだった。そこにはまだ佐々木たちがいた 「無事帰ってきたね」 ああ 「どんな様子だったの?」 まだ長門と周防が戦ってるよ どうやら異常動作を起こしたらしい 「本当に申し訳ない。我々の仲間なのに何もできなくて」 まあしょうがないだろ。何しろまともに会話もできないヤツだったからな 「古泉くん」 「はい?」 「みんなを連れて帰って」 「えっ?」 「みんなを家まで送ってあげて」 「しかし長門さんがまだ・・・」 「いいから!」 「はい、では後はよろしくお願いします」 古泉はまだ泣きじゃくっている朝比奈さんを抱き起こし、佐々木たちも連れてマンションを出ようとした 「ふん、結局規定事項の確認のみか、骨折り損とはまさにこの事だな」 藤原がつぶやいて立ち上がった 「俺はここで失礼するぜ。どうやらこれ以上の展開はなさそうだしな。ところであんた」 こいつは俺の朝比奈さんをあんた扱いするのか?許さん 朝比奈さんがビクッと体を震わせた 「は、はいっ?」 「つまらない任務だったけど、あんたと戦えてよかったよ」 「ふぇっ?」 「まさか7億年前に連れていかれるとは思わなかった」 「あっ、あっ、あれはその涼宮さんの・・・」 「途中で時間の流れについていけなくなった。気絶するとは時間移動員失格だな おかげさまですごいものを見せてもらった。さすがは歴史にその名を残している人物だけの事はある これは禁則だけどな」 「えっ?えっ?」 「あんたに出会えてよかったよ、朝比奈みくるさん。今度会う時は・・・その・・・禁則だ」 「へ?」 「ありがとう、大先輩」 藤原は意味不明な禁則事項を連発しながら朝比奈さんと握手を交わし、佐々木に軽く頭を下げ、俺たちを一瞥してその場から消えた 「何なのよあいつはいったい」 「わわわわたし・・・・・・」 どうやら藤原ってのは朝比奈さんよりもまだ未来の人間なのか しかしちょっと聞こえたけど、朝比奈さんが歴史に名前を残すとか 「じゃあ、あとで必ず連絡を下さい。何時になっても待ってますから」 古泉はそう言って残りの全員をまとめ、マンションを出ていった 俺は別に帰れとも言われなかったのでそのまま残っていたが、誰もいなくなるとハルヒが口を開いた 「さあキョン、もう一度行くわよ!有希を助けに」 へっ そう言うと思ってたよ団長さま どこまででもついていってやるぜハルヒ 地獄の底まででもな 俺とハルヒは手をつないで、再び長門の部屋の額の前に立った 「行くわよキョン」 ああもちろんだとも 呼吸を合わせ、まさに飛び込もうとする寸前に 「・・・・・・行かなくていい」 背後から小さな声がかかった 「有希!」 長門!帰って来れたのか? 「帰ってきた」 長門は布団をすっぽり首までかぶっていた 黒い瞳は大きく見開かれたままだ 「有希!よかった!帰ってきてくれて」 「帰って来ると約束した」 長門・・・ 無事だったか 周防はどうなったんだ? 「・・・・・・周防九曜は消滅した。暴走を止めることはできなかった」 あの新入生は? 「まだあそこにいる。でもまたこの世界に来たいと言っていた」 「本当に?有希?」 「そう。そのオーパーツを取り戻しに来る」 「これ?」 「そう。それは彼女にとってとても大事なもの」 「ふうん・・・・・・」 なあ長門 「何?」 ちょっと布団めくってもいいか? 「ちょっとキョン!こんな時に何エロ目線になってんのよっ!」 違うぞハルヒ ちょっと心配だったから 長門が傷ついてるんじゃないかと思ってな 「・・・・・・見ない方がいい」 ん? どうしてだ長門? 「通常の神経構造を持っている人間にはこの状態はかなりショックを受けるはず。だから見ない方がいい」 「有希!あなた怪我したの?どうなの?」 「肉体の損傷はすぐに再生できる。でも少し時間がかかる」 「有希・・・・・・」 ハルヒは構わずに布団をめくり上げようとする 俺は・・・すまん長門・・・ ちょっと耐えられそうになくて、思わず目を背けてしまう 「万が一にもこれを映像化しようなどという野望があるならここは自粛すべき」 長門は内側から布団を押さえ、ハルヒに抵抗していた 「医療技術者でもこの状態は正視に耐えないレベル・・・見ないで」 「有希、本当に大丈夫なの?」 「大丈夫」 おいハルヒ、長門が嫌がってるんだ、もうやめておけ 「分かったわよ・・・」 「頼みがある」 「何?有希」 「・・・・・・もう帰ってほしい」 「ん?」 「・・・・・・肉体の回復がうまく進行しない。エラーが発生している」 何か問題があるのか長門? 「情報処理にエラーが頻発している・・・・・・原因は・・・・・・禁則」 長門? それまでまっすぐ上を見つめたままの長門が首だけを横に曲げた その寸前に、大粒の涙が頬を流れ落ちるのが見えた 「・・・・・・お願い・・・・・・帰って・・・」 長門・・・・・・ ごめんな お前の気持ちに・・・・・・俺は応えてやれなかった それが・・・お前の禁則なのか? 俺の目の奥が、なぜかじんわりと熱くなってきた 長門の禁則の理由が何となく理解できる すまん長門 それでもまだ長門の布団を引っぺがそうとしているハルヒを引きずるようにして、俺は長門の寝室を出た 「有希!来週には絶対学校に来るのよ!」 「・・・・・・それは約束できる」 「じゃあね!絶対よ!」 長門 「・・・・・・・」 また部室でな 「・・・・・・・ありがとう」 俺とハルヒは長門の部屋を後にし、黙ったままでエレベーターに乗った マンションの玄関を出ると、そこには佐々木が待っていた 「ごめんなさいね涼宮さん。いろいろ迷惑かけて」 「もういいってば」 「長門さんは帰ってきたの?」 「今帰って来たわよ」 「周防さんは?」 「・・・・・・戻らなかった」 「ふうん、やっぱりか。結局私は仲間を守れなかった あなたはちゃんと全員を無事に連れて帰ってきたのにね。やっぱり私はリーダー失格か」 「そんな事ないわよ、どうしようもない事もあるし」 ああそうだよ佐々木。周防は暴走していた ああするしか方法はなかったみたいだからな あの長門がそう言ってたんだから 「だけどキョン、僕がもっとうまくやれば、その暴走を食い止められたかもしれない」 それは結果論だろ 周防は帰って来れなかったけど、後は全員無事だったんだから もうそれでいいんじゃないか? あの新入生もまた帰って来るよ。オーパーツを受け取るためにな 「そうか・・・・・・君がそう言ってくれるのなら・・・納得するよ。ねえ涼宮さん?」 「ん?」 「周防さんはいなくなっちゃったし、藤原さんは元の世界に戻った だけど私と橘さんはまだこの街にいるわ もしかしたら、また私たちが出会う事もあるかもしれないんだけど、その時は・・・・・・」 「その時は?」 「友達として会ってくれるかな?」 ハルヒはまだ怒りを含んだ目で佐々木を見ていたが、しばらくしてその目が柔らかく光った 「もっちろんよっ!一緒に冒険した仲間なんだから! これからもまた、不思議探しの旅に出るのよ!」 おいハルヒ これだけものすごい体験をしておいてまだ足りないのかよ それに北口周辺なんかに不思議が落ちてるはずないって これだけやってもまだ学習してくれないのかお前という女は 「当たり前じゃないのバカキョン これからは不思議を発見するだけじゃなくて作りだすのよ 誰かが言ってたでしょう! 『待ってるだけでは冒険は訪れてくれない』ってね!」 ほう その誰かってのはもしかしたら頭に黄色いリボン巻いて 仲間を危険にさらすのが得意な北高の女子の事じゃないでしょうね? 「それは今までの話よ!これからはね、あたしがあんたたちを守ってあげるんだから!」 やれやれ このバカの脳下垂体を解剖して、一度長門に学術調査でもしてもらいたいもんだ 「佐々木さん!あんたたちもこれからは準団員として認定してあげるから、たまには不思議探索に加わる許可を与えるわ」 「本当に?ありがとう」 「その時は新人として十分にこき使ってあげるから覚悟しときなさいねっ!」 「はい!団長!」 何だこの2人はいったい 完全に意気投合してるじゃないか 史上最悪の神様のツートップだ 1958年ワールドカップのブラジル代表チームでも勝ち目はないだろう ハルヒと佐々木はしばらく盛り上がっていたが 「じゃあ帰るね涼宮さん」 「うん、またね」 「じゃあねキョン、涼宮さんをお願い」 これ以上何をお願いするんだよお前は?もう勘弁してくれ マンションの前で佐々木と別れ、俺はハルヒと手をつないだ 7階の窓から誰かが見下ろしている気配も感じたのだが、残念ながら俺にはどうする事もできない 銀河系中の長門マニアに殺意を持たれてしまったのか それとも喜んでもらえたのか やれやれだよ全く リンク名 その4に続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3027.html
俺が北高で過ごした七転八倒の高校生活から9年が過ぎた。 我が青春のすべてを惜しみなく奪っていったあのSOS団も自然解散とあいなり、宇宙人・未来人・超能力者と連中にまつわる 頭の痛くなる事件の数々から晴れて解放された俺はあの頃希求してやまなかった健康で文化的な最低限度の生活ってやつを取り戻していたわけだ。 「つまらねぇ」 おいおい俺は何を考えている。 赤点ぎりぎりの成績にお似合いの大学へ進学し、大きくも小さくもない身の丈に合った企業に就職し…… 特別なことなんて何もない、まともな人間にふさわしい普通の生活だ。これ以上何を望むってんだ? 「まるで靄のかかったような……実感の湧かない生っ…!」 馬鹿馬鹿しい。 この俺が『特別な世界』でどんなに無力で場違いな存在かはあの頃散々思い知らされたじゃないか。 明日も早いんだ。こんなとりとめもないことを考えるくらいならさっさと寝ちまおう。 俺は自分に言い聞かせると、畳の上に放置していた今日の朝刊を押し退けて布団に潜りこもうとした。 「……冗談だろ?」 何げなく目を落とした紙面の一角に、俺の目は釘付けになっていた。 『涼宮ハルヒ 逝去につき以下の通り葬儀・告別式を執り行います』 「もしもしあの、新聞を見まして…亡くなった涼宮ハルヒさんというのはどういった…」 あのハルヒが死んだなどと、事実であろうはずがない。お世辞にもありふれた名前であるとは言えないが、 浜の真砂ほど日本国民をひっくり返せば同姓同名の気の毒な涼宮ハルヒさんがいてもおかしくない筈だ。 そんな事を考えながら俺は死亡広告に記載された連絡先に電話をかけていた。 『……その声は、あなたですね?お待ちしていました』 間違いであって欲しい。そんな思いを裏切った電話口の声はあの頃と何も変わっていなくて。 「古泉か」 『ええ、お察しの通り。お久しぶりです』 「どういうことだ」 『ご覧になった通りです。……亡くなられたのは、あの涼宮さんですよ』 次の日俺は仕事を休み、ハルヒの告別式が行われるという郷里の鶴屋邸に向かった。 葬儀委員長なる肩書きを背負って忙しげにしている古泉を捕まえて型通りの挨拶を済ませ、祭壇へ歩み寄って焼香をする。 詳しい事情の一切省かれたあの広告に加え、電話した時古泉も口をつぐんでいた事から尋常な死に方ではない ──『機関』だか何だかの抗争に巻き込まれたとか。葬式を鶴屋さんの屋敷でやるというのも臭いしな── 最悪遺体の欠片も残っていないんじゃないかと覚悟はしていた。 「ハルヒ……?」 しかし棺からその一部を覗かせたハルヒの死に顔は安らかというか、まるで。 「お時間よろしいですか?」 忙しいのはお前の方だろう、古泉。それでこれからどうなる?できれば焼き場での見送りまで参加させてもらって色々と確かめたいところだが。 「いえ、今日はこのまま限られた参列者の方々と通夜に移ります。あなたにはこちらに加わって頂きたいのですが」 それは構わんが普通は通夜の後に告別式というのが筋じゃないのか?あいつの葬式らしいと言えなくもないが、何から何まで妙なことばかりだ。 「それでは少々お待ちください。本日の喪主をご紹介しますよ」 喪主だと?俺はハルヒの家族の事など何も知らない。場所を貸してる鶴屋さんという線もあるだろうが、俺はむしろ別な可能性を…… 「ヤッホー!よくぞここまで辿り着いたわね。褒めてあげるわ! ……ってリアクション薄いのね。少しは驚きなさいよバカキョン!」 ご丁寧に『超喪主』の胸章をぶらさげたそいつに俺は昔とそっくり同じ反応を返してやったよ。 やれやれ。 それにしても趣味が悪いなハルヒ。 本人がピンピンしてるのに神妙な顔で集まったあんな沢山の人たちに悪いと思わんのか? 「まああたしの為に遠くから来てもらって申し訳ないとは思ってるわよ。 みんなの顔を見ておきたいっていうのがそもそもの目的だしね」 それだけのためにあんな広告まで打ちやがったのか。 端から期待はしてないが少しはNOと言えるアナリストを目指した方がいいぞ古泉。 「すいません……うっ」 いつものニヤケ顔はどこへやった古泉よ。そこまで恐縮することもないぞ? 何で、お前はそんな泣きそうな、──まるで本当にハルヒが死んだような顔をするんだ── 「これは正真正銘あたしの葬式なのよ、キョン。あたしはこれから数時間後に死ぬ──死ぬ手筈になってるの」 通夜の席が設けられた屋敷の一室にはすでに見知った顔が並んでいた。 高校を卒業して実家の家督を継ぎこの屋敷の主人となった鶴屋さん。俺とハルヒの担任だった岡部。10年でずいぶん老けましたね先生。 喪服姿の艶めかしい奥様になった阪中に、当時はさんざん迷惑をおかけしたコンピ研部長氏。 相変わらずなアホ面に精一杯のシリアス成分を配合してるのは谷口じゃないか。そして、 「お前も来てたのか、佐々木」 他の面々と少し距離をとって座る佐々木は無言で目礼すると、俺にも席につくよう促した。 「皆さんお揃いになったところで、改めて説明したいと思います」 古泉が口火を切った。いつもの微笑みとも先刻の泣き顔とも違う固い表情だ。 「まずはこれを見てもらいましょう。涼宮さんの頭部を撮影したMRI写真です」 「正常な物と比較しないと判りにくいかもしれませんが、明らかに脳全体に白い病変が確認できるかと思います」 「……訳が分からねぇよ!涼宮の体に何が起こってるって言うんだ!?」 「谷口君、そして皆さん。涼宮さんの病名は……アルツハイマーです。極めて進行が早い、若年性のタイプの」 「既に脳細胞の多くが死滅。認識能力・学習能力に不可逆のダメージが出ています。 現在涼宮さんが彼女を彼女として定義している特異な人格を保っているのも奇跡的な状態 あと数年で確実に廃人、そして死を迎えるでしょう。我々の医学ではそれを防ぐ術はありません…」 岡部の喉からくぐもった嗚咽が漏れるのが分かった。俺はといえば、ただ何も言えず古泉の顔を見返すことしかできない。 「そして涼宮さんは、己を保っていられる間に自分の手で生涯を閉じることを選択されました。 僕は彼女の決断を尊重し……そのための手段を提供しました。 我々の用意した装置はスイッチ一つで彼女の体内に昏睡と心筋の麻痺を 引き起こす薬剤を注入し、無痛の心臓発作によって死に至らしめるでしょう」 「決行は今夜過ぎ。それまでの数時間、僕とここにお集まり頂いた皆さん 一人ずつ順番に涼宮さんと最後の時を過ごすことができます。 ……それぞれが決めて下さい。彼女を止めるか、それとも黙って見送るか 心の決まった方から涼宮さんのもとへ」 「最初は、僕が行きます」 こうして今はまだ生きているハルヒの通夜が始まった。 俺達それぞれがハルヒとの最後をどう締めくくるかという、答えがたい課題を突きつけられた形で…! ~一人目 古泉一樹~ 「やっぱり最初は古泉くんだったわね」 僕が涼宮さんが最期を過ごす場所として用意した鶴屋邸の「離れ」に入ると、 彼女は普段と変わらぬくつろいだ調子で第一声を放ちました。 ……それはそうでしょう。他の皆さんは急に事情を知らされたばかりで、少なからず混乱している。 それにここまでお膳立てさせて頂いたからには一番槍の名誉くらいにはあずかっておきたいですしね。 「そう、今回は話の分かる友達がいてくれて本当に助かった……感謝するわ」 貴女の世話を焼くのは僕の使命でしたからね。9年前も、そして今も。改めて礼にも及びませんが 「何というか、逆だと思うのよ。死んでからみんなに集まってもらっても当人には何が何だかわからない… せっかく集まってもらうなら、死ぬ前に会い、話があるなら話しておくべき……」 なるほど。 「死ぬ前に話すならあの高校時代の仲間たち。そこでこうして古泉くんに無理を言ったわけ」 そんなことは構わないんですが、涼宮さん…本当に、これでいいんですか? 「本当に……これで死んでしまって…っ」 「もちろん!」 涼宮さんは、あの頃時折彼や長門さんにだけ向けていた穏やかな笑みを見せてくれました。 「掛け値なし……あたしはこのまま死にたいの」 僕はずっと迷ってきました。こんなことを…… 10年以上の付き合いの、僕を友達と呼んでくれる人の死に手を貸すような真似をしていいのか…? 平静を装ってこんなことができる僕は…本当に冷たい人間なんじゃないか?と 「それは違うわね。冷たい人間がこんな面倒に首を突っ込んだりする?冷たい奴っていうのは、いつだって傍観者なの」 「古泉くんは、温かい人よ」 「……一つだけ、一つだけ約束してもらえませんか」 僕にはもう貴女を止めることはできません。でも、これから僕以外のみんなが、それぞれのやり方で引き止めようとするでしょう。 少しでも心が動いたら。やめよう、延期しようと思ったら、意地で死んだりしないで下さい…! 「それを…誓ってくれませんか」 死ぬときは、心から死ぬ…… 「次、行ってください…考えの決まった方…!」 ハルヒの下から戻ってきた古泉の呼びかけに、まず呼応したのは。 「あたしが行く。いくら病気でも、ああして元気なのに…まだ命の灯があるのに、死ぬなんて間違ってるのね」 あたしが涼宮さんを止めてくる… 二人目は、阪中…… 阪中がこの部屋を出ていって20分。重い沈黙を破ったのは谷口だった。 「俺も阪中と同意見だっ…」 「認めねぇ。そりゃああいつ自身の決断を尊重すると聞けばもっともらしい話だと思うが… 人が一人、それもあの涼宮が死のうって時に…そんな物分かりのいい事を俺は言いたくねぇっ……」 確かにお前の言う通り、俺たちの誰もハルヒに死んでほしいなどと考えてはいないさ。 だが……あのハルヒが正常な意識のもとで下した結論ならば、そうそう翻るとは思えないじゃないか。 どんな言葉をあいつにかければいいって言うんだ? 「涼宮じゃねぇっ……俺だ!俺が涼宮に生きて欲しいんだ!俺は俺の気持ちを尊重して行かせてもらうっ…」 相も変わらず空気の読めない三国一のバカ、谷口。 うつむいた目を赤く腫らして帰ってきた阪中と入れ替わりに離れへ向かう 奴の背中を見送りながら、残された俺はひどく悲しい予感にとらわれていた。 谷口の言葉は真っ直ぐで、その想いは誰より純粋だ。何の嘘も飾りもない心情をぶつけるにちがいない。 ……だが、それでもハルヒの心を動かすには至らないだろう。 心と心の不毛なすれ違い……ハルヒが最期に望んでいるのは…もっと別の何かじゃないのか……? 二人目阪中 三人目谷口 四人目岡部 いずれも説得ならず…… 「当然の結果だね。あの団長さんが人に説得なんてされるものか」 「勝負だよ、勝負!生き死にを賭けた真剣勝負っ…」 五人目、コンピ研部長に秘策あり 「この僕が倒すっ……止めてくる…」 「あの高校時代に受けた精神的苦痛と敗北感…忘れようにも忘れられないっ…!死ぬ前に僕と勝負し」 「いいわよ?」メキメキ…「おおおおおっ!ギブギブ!」 勝負という言葉を口にした刹那、僕の頭は万力のような握力で締め上げられた。 蹴りが飛んでこなかっただけまだマシだが、相変わらずムチャクチャだ!人の話を聞けっ! 「勝負とは口に出したその瞬間から始まるのよ。敗者が後から何を言おうと 言い訳でしかないわ。…顔色が悪いわね。何か飲む?」 顔色が悪いのは君のせいだよ。 僕の心の声を盛大に無視した団長さんは離れの一角に置かれた机からグラスを取り出した。 「ジュースでいいわよね」 お心遣いはありがたいので果物鉢のリンゴを素手で握り潰すのはやめてください。おたくはどこのエリック一家だ。 「日の当たらないオタク暮らしでちゃんとビタミン摂ってないからそんな青白い面になるのよ。 …それで何の話だっけ?コスモクリーナーなら渡さないからね」 通夜の席に下品な男は無用だ。早く本題に入らないと。僕の精神が保ちそうにない… 「最初に言った通りだ。あの頃の無念を晴らすため、この僕と決着をつけてもらおうっ…」 「フフッ…それでそんな物わざわざ持ってきたわけ?」「そうさ」 僕は携えてきた二つの鞄からノートPCを取りだし、卓上に広げた。 「The Day of SagittariusⅢ…こいつで生き死にを賭けた勝負だ」 「生き死に……?」「そうだ。もしこの勝負で僕が負ければ」 鉢に盛られた果物に添えられたナイフを取り、自分の喉元にあてがう。 …例え手は震えていても、僕の心が震えることは決してないだろう。 「死のうっ……その代わり僕が勝ったら…君は生き抜くんだ。何があろうとも」 死にたい人間を殺しても意味はない。僕が勝ったら君の命は僕が預かる… 「面白いわね。辛気臭い話や説教が続くと気が滅入ってくる… それより割り切って勝負に持ち込まれた方が気も楽…」 「でも、ちょっとそれは無理ね」 「どうしてっ……!?」 「あたしにはもう…そんな難しいゲームは分からないのよ…」 くうっ…… 「同じゲームは使うが…別の種目だっ……」 「余計な要素は一切なし…純粋な一対一の勝負っ……」 ハルヒ対コンピ研部長 その決着はThe Day of SagittariusⅢ タイマン一本勝負… (ククッ……) 本来ならば、誰が相手であろうと僕に圧倒的に有利な勝負だ。 この僕自身が高校時代に設計したゲーム……システム自体はベーシックなものだが、 デバッグ作業と合わせての累計プレイは数百時間ではきかない。 たとえ類似のメジャータイトルをどんなにやり込んだプレイヤーを相手にしても 当たり判定のわずかな癖から処理速度の限界まで知り尽くした僕の優位が崩れることはないだろう。 (だが……相手がこの涼宮ハルヒとあっては話は別っ…) かつて僕は彼女が率いる素人集団SOS団に絶対の自信をもって挑み、敗れた。 今にして思えば、こちらが策に溺れ油断を生じたこと、相手方に超級ハッカー長門有希が 「偶然」属していたことも含めて、彼女はあの時勝利を引き寄せる何かを持っていたのだ。 (それでも僕は勝つ…倒さねば彼女、涼宮ハルヒが死ぬ) 「引き分けは勝負なしよ」 PCが立ち上がりゲームサーバーに接続するまでの僅かな時間。 彼女はディスプレイに目を落としたままさりげない風に言った。 「もし引き分けたら勝負なし…再戦もなし。アンタは生き…あたしは死ぬ」 「それが…唯一あたしに残された道なのよ」 「……いいだろう。引き分けたら、好きにしろ…勝手に死ぬがいいっ……!」 ハルヒvsコンピ研部長 最終戦 ・使用するのは両軍の旗艦隊のみ ・分艦隊ルールなし ・補給艦なし EN自動回復制 ・パラメータ固定 ショスタコービッチの交響曲第7番「レニングラード」。 壮重なクラシックを模したチープな電子音、僕のような人間にとっては子守唄より聞き慣れた調子とともに コンピ研連合軍旗艦『ディエス・イラエ』は二次元の海に姿を現した。 そしてこの深遠なる宇宙の闇の向こう、我が艦隊に付属する申し訳程度の索敵範囲の外に 倒すべき敵『ハルヒ☆閣下艦隊』がその威容を潜めているのだ。 ……実のところ、今回の勝負の肝は極めてシンプルだ。 僚艦も居なければ分艦隊もない、両者の戦闘能力も全く同じとあっては賢しらな戦略なぞ何の役にも立たないではないか。 リアルタイムシミュレーションではなくシューティングゲーム…… あるいは航空機同士の遭遇戦のようなものだ。闇の中を手探りで相手を求め合い、先に仕掛けた方が確実に勝つ。 団長さんは例の性格から言って画面の正面、僕のスタート地点に向けて迷わず直進してくるだろうな。 それならこちらは索敵艇を展開して動かず待ち構えていれば、彼女の艦隊が推進剤を消費している分有利に戦えることになる。 (……と、普通なら考えるだろうがね) あえて大迂回っ……! 彼我のスピードを頭に入れながらマップ端を進み、すれ違うであろう頃合いでスペースキーに手をかける。 命を賭けた戦い、まっとうにやって絶対確実な勝利など得られるものか…… The Day of SagittariusⅢ完成版 ディエス・イラエ艦隊に実装された全ENを消費して使用する特殊兵装……! (索敵モードOFF!!) 拓ける視界。効果はわずか数秒間だが、必要にして充分。 (読み通りぃ!あとはENが回復次第回頭即追撃っ…) 僕は見たのだ。この世を去ろうとする彼女自身の姿のように、背中を向けて疾走していく紅い艦列を。 かつてSOS団に我がコンピ研が敗れた原因を鑑みれば、つまるところ彼らには僕のイカサマを 看破しそれを逆手にとって挽回する時間的余裕があった。この一点に尽きる。 今回はイカサマのタネこそ前と同じだが、彼女がそれに気付ける時はすなわちこの僕が背後に忍び寄り致命の一撃を加えた時だ。 一対一の同条件下、奇襲を受けた側に逆転の目はない…… まして一度自分の目で確認した真後ろは索敵を行ううえでの心理的盲点 (今の彼女は死角に回られたことに気付かぬ剣客のようなもの 天才というべき相手を殺すのに二度目三度目はない 天才は初太刀で殺す これが鉄則……) EN回復っ…!刺す…無防備な背を… 「どこに隠れてる?何か企んでんのかしらね」 …どこまで直進する気だ。いつまでも最大戦速で進まれてはなかなか攻撃に移れ…? 「あらもうマップの端。前にいないってことは後ろね。……見っけ!」 ああ!? こともなげに船首を返したハルヒ艦隊の前に僕の鼻っ面が向けられている。 無為な追跡のためにENを浪費した状態の艦隊が… 「バカなっ…!?」「地獄の業火に焼かれなさいっ!」 放たれたビームの光状が僕の艦隊を灼く。おっとり刀で応射するが僅かに艦船の減りが早いのはこちらの方だ。 (突っ込むしかないっ……ビームではラチが開かぬ 魚雷を至近距離で当てれば逆転もあるっ……!) 砲撃を浴びながら肉薄する。相手が退いてくれればビームの撃ち合いでも押し返せるかっ…? 「なっ……」 紅い艦隊は退かず、逆に前進してきたのだ。両者が交錯し、刺し違えるように互いに魚雷を放つ。 暗転。画面に浮かぶドローの文字。 (止められなかった…僕は彼女の死を……) コンピ研部長 敗北に等しい引き分けを得る 「終わったわね?」「……ああ。まるで最初から君の掌で踊っていたようだよ」 僕の策を見抜いていたのか?それともただの偶然か?彼女が引き分けという結果を望んだからこうなった? 凡人の僕が運命に翻弄される木の葉なら、彼女の才気はまるで天上を進む星のようで… 「認めるよ。君に朽ちて死ぬなんて似合わない …消えろっ……高みのまま…」 人は自由に生き、自由に死んでいきたい…ただ、彼女はそれをやろうとしているだけなんだ… 恥じることはないっ…!死のう…時 満ちたなら……! 五人目コンピ研部長が去る 残りは三人… 「久しぶりだねっ!」 「久しぶり。今度のことはあなたにも面倒をかけてごめんなさい」 「気にすることないさっ。元SOS団名誉顧問としてこのくらいのことはさせてもらうよ。……早速だけど、行こうか?」 「行く……?」 「ハルにゃんが人が何を言おうと気にしない子でも、もう無理っ……オリられない… いくら生き延びたくなっても、もう自分からの撤回は不可能…でも大丈夫さっ」 「あたしがハルにゃんを……拉致するっ…!」 変則通夜 六人目っ…鶴屋さんっ…! 「……」 「とぼけることないさっ…!生きたくないはずがない… イツキ君のお仲間とは別口で、あたしん家のこわーいお兄さんたちを待機させてるさっ。 ここはあたしの屋敷、何が起ころうと誰にも文句は言わせない……」 「救ってあげるさ!あたしが……」 「鶴屋さん。あなたは優しい人だからこう思っている……アルツハイマー なんかになってしまってなんて涼宮ハルヒはかわいそうだ……と」 「そんなことっ……」 「なるほどこんな病気になったのはツイてない…最悪ね。でもそう一概に言えるもんでもないのよ。 あたしに言わせればむしろ鶴屋さん…あなたの方がかわいそうなのに」 「……!」 「……どうでした?ハルヒは…何と…?」 部長氏に続いてハルヒの下に向かった鶴屋さんが戻ってきた。 すでに面会を済ませた人々はあえて顔を上げようともしなかったが、俺は難しいと知りつつ聞かずにはいられない。 「いや~~駄目さっ。変えられなかった、考えは…」「そうですか…」 落胆を隠せない俺を見かねたか、自分に言い聞かせるためか鶴屋さんは確かな口調で続けた。 「ただ……突破口はあるかもしれないよっ。ただ死にたいだけなら懐かしい顔を集めようなんて考えるかい? この通夜はハルにゃんの生への希求が仕組んだ…最後のSOS……」 ちょいと二人で話せないかなっ、という鶴屋さんの誘いで俺たちは庭に面した廊下へ出た。 暗い中にも良く手入れされているのが分かる格式ある庭園だ。 「……??」 鶴屋さんは意味ありげに目配せすると、素足のまま庭へ降りてみせた。そんなことしたら高級そうな服が… 「何というか、縛られてるよねっ。あたしは今無理してやってるだけさ。 靴をはかずに庭へ降りる……こんなちっぽけな事ひとつ取っても、縛られてる…」 「これがハルにゃんなら何にも気にせず歩くだろうね。気が向いたら歩けばいい。何の不都合があるもんかい」 俺に背を向けたまま鶴屋さんは話し続ける。……なんて弱々しい背中なんだ。 あの頃いつも闊達で飄々としていた鶴屋先輩が。こんな立派な屋敷の主で 本当なら俺なんて声もかけられないような人が、今だけはひどく小さく見えた。 「何もかも持ってるみたいで、その実何も持っちゃいなかったのさっ。 あたしは成功をただ守るだけの番人……自由に生きることも、自由に死ぬこともできない」 (悲しい時に泣けず…笑いたい時に笑えず…棺よ。鶴屋さん、あなたは棺の中にいる) 「それでも、たとえ不自由な生であってもあたしには捨てたりなんてできない。不自由なりに自分の務めを果たしてきたことが誇りでもあるしね…ジレンマさっ。 自分が自分として生きられないから死ぬ…そんなハルにゃんの気持ちを受け入れきれない…だから救えない」 ああ、この人も俺と同じだったんだ。不自由な、実感なき生をそれと知りつつなお生きている。 「強いて言えばハルにゃんと同じ匂いのする……あの子しかいないかなっ」 先ほどまで居た部屋の戸が開き、漏れてきた光が俺と鶴屋さんを照らす。 ……佐々木。 変則通夜最終面談 キョン&佐々木 「…………」 ハルヒの生死を決めるこの変則通夜最後の回、俺は行き詰まった沈黙の中に居た。 「僕と彼女は元来キョンを通して知り合った仲だ。それなら君を交えて三人で話すのが筋じゃないかね」 との言に従ってはみたが、肝心の佐々木は離れに入って簡単に挨拶を済ませたきり 安楽椅子に腰掛けたハルヒの横顔を見つめて黙ってしまった。 当のハルヒは俺たちに構う風も見せずくつろいだ姿勢のままだ。 これだけ見ているととても死を前にした人間とは思えないが、肘掛けに置かれた腕に 取り付けられた点滴のような設備が否応なしに俺を現実に引き戻す。…自殺幇助装置。 俺が止めなきゃ、ハルヒが死んじまうっ……でも、どうすればっ…… 「……ぷっ、あはははは!キョン!あんた変な顔っ」「く……くく…くくっ、すまないね、ふふ」 唐突にハルヒが吹いた。つられて佐々木も笑い出す。 どうやら思索の沼に嵌まりこんだ俺の顔が二人の笑いのツボを刺激したらしい……っておい!これでもこちとら真剣なんだよ! 「ぷぷぷっ……まあいいわ。だいたいそんなに黙って悩むことないでしょ?動けば何かが変わるもの…… 変化の中でまた考えながら進んでいけばいいのよ。まどるっこしいったらありゃしないわ」 そうは言っても失敗したら死ぬのはお前なんだぞハルヒ。 あの頃はピンチになれば長門や未来の朝比奈さんが示唆を与えてくれたが、今の俺には何の指針もないんだ。 ……いや、これは言い訳だな。かつてハルヒの居ない、長門も古泉も朝比奈さんも普通の人間になっちまった世界へ 放り出されたとき、俺はなりふり構わず動いたじゃないか。元通りの仲間たちみんなに会うためによ。 今の俺はただ保留してるだけっ……くそっ! 「いい、キョン。失敗した時のことなんて考えなくていいの。 もっといい加減になればいい……真面目であることなんて悪癖よ。 それがあんたを止めてきたのね。この9年間」 ……分かるのか。ハルヒ達と別れてからの俺のこの停滞が。 だが、俺はお前みたく強くて何でもできる人間とは違うんだよ。 今だってお前が死んじまったらと思うと怖くて何も話せなくなっちまう。 「強い者も弱い者もないのよ。弱くても、才能があろうとなかろうと輝いてる人間はいっぱいいるでしょ? 要は勝負してるかどうかか……その結果人生そのものが失敗に終わったっていい。まるで構わない…あたしはそう思う」 「成功を求めるな、と言ってるわけじゃないの。成功か失敗か、そんな結果に 囚われて立ち止まってしまうこと、熱を失ってしまうこと。こっちの方が問題…」 繰り返すっ……失敗を恐れるな… 俺がハルヒの言葉に喉を詰まらせていると、佐々木がゆっくりと口を開いた。 「……涼宮さん。まず最初に、僕はキョンたちと違って君の生死そのものにさしたる関心は持っていないことを告白しなくてはならない。 見たところ君は鬱病でもノイローゼでもないようだ。ならば僕にはあえて君を止めるべき理由がない。 だがその前に聞いておきたい。我々が生きるということはつまるところ、 生きている理由、死ぬ理由をさぐり求める営みのようなものだと僕は考える。 そこで君はこうして死を受け入れるに至って、何らかの思想、教えのようなものを見い出したのかい?」 「『さぐり求めるということは、自分の求めるものだけを見、自分の求めるものだけを考え、 結局何も心に受け入れることができないということになりやすい。 これに反して見い出すとは自由であること、心を開いていること、世界をありのままに受け入れることである。 世界を愛することを学ぶためには、自分の希望し空想した何らかの世界や自分の考えたような性質の完全さと この世界を比較することはもはや止め、世界をあるがままにまかせ、世界を愛し、喜んで世界に帰属するためには、 自分は罪を大いに必要とし、歓楽を必要とし、財貨への努力や虚栄や、極度に恥ずかしい絶望を必要とした』 …まあ、こんなところかしらね。言葉で伝えるのは疲れるし、難しいけれど」 「世界をあるがままに受け入れると言ったね。ならば君がアルツハイマーになったということも 君の人生の一部として受け入れるべきではないのかな? それで初めて涼宮ハルヒの人生が完結するというもの……違うかい」 「もちろん人は放っておいても死ぬんだから、あたしも通常それに合わせる…… でもあたしはこれから数年間、半ば眠ったような意識で人の世話を受け、わけのわからないまま死ぬことになる。 幸いあたしは古泉くんやみんなの助けでこうして自分を保ったまま死ぬ道を見つけることができた。 だから死ぬ……結局、好き嫌いの話なのよ。命より自分が大事。充分よ。もう、充分……」 ハルヒが装置のスイッチに手を掛ける。やめろ、まだもう少しだけ……! 「まだだっ……!ハルヒ!何で諦めちまうんだよ!まだ話したいことだって沢山ある! 長門と朝比奈さんは居ないけど、まだあんなに仲間がいっぱい居るじゃねぇかっ……」 古泉の話ではハルヒの能力は随分前から発揮されなくなっているらしい。 だが、そいつを今目覚めさせることができれば…… 世界を受け入れる?お前のいなくなる世界なんてくそくらえだっ…! 「悔しくないのかっ…?無念じゃないのかよ!ハルヒっ……!?」 呼びかける俺をハルヒが顔を上げて見返す。……ハルヒは、泣いていた。 「無念……当たり前じゃない。死ぬのは悔しい…」 「でも、これが生きてる証なの。人生なんて上手くいかないこと、理不尽なことばかり… それでもそんな中で願いを持つこと、同時に今ある現実と合意すること…それを教えてくれたのはキョン、あんたとSOS団だったのよ」 「宇宙人、未来人、超能力者、異世界人……不思議なことは一つも見つけられなかったけど、代わりにあんたと二人で有希と、 みくるちゃんと、古泉くんを見つけた。不思議を見つける代わりにみんなと出会えた。それでよかった。きっと不思議そのものが見つかるより……」 「ハルヒ……」 薬液がチューブを通してハルヒの体内に送り込まれていく。 ハルヒの命の鼓動を止める薬が…… 「WAWAWA……うぉっ!?涼宮!涼宮ぁ!!」 俺が大声を出したから気付いたのか。谷口を先頭に仲間たちが一斉になだれ込んできた。 「みんな勘がいいのね……」 「涼宮さん!涼宮さん!」「涼宮っ…!」「ハルにゃん……」 ハルヒは、最後に笑ったように見えた。 あれからもう二年になる。 俺は会社を辞め、古泉と行動を共にするようになった。 ハルヒの死によって『機関』の仕事もなくなったように思っていたが、今後起こりうる世界を変えるような存在の出現や 未来、宇宙からの介入に備えるための組織として細々ながら存続していくらしい。 これが本当に俺の進むべき道だったのかはわからないが、ハルヒの言う通り人はいずれ死ぬのだ。 それなら少しでも自分の意に沿う方向で生きればいい。 ……思えばこの二年、何かにつけてハルヒのことを考えている気がするな。 ハルヒがまだ生きていた空白の9年間よりはるかに多く。 「それは涼宮さんがあなたの中で生き出したということでしょう。 彼女は常にあなたの心の中に在り、共に歩み、共に笑い、共に苦しんでくれる永遠の同伴者に」 ……よくわからないが、そういうことなのかもしれないな。 「ご存知ですか?」 古泉は少しだけ胡散臭さの抜けた笑顔で付け加えた。 「人はそういった存在を、神と呼んでいます」 「……佐々木か」 「やあキョン、君もこれから彼女のところかい。そういう事なら同道しようじゃないか」 「なあ佐々木。お前はもしハルヒと同じ立場になったらどうする?」 「……僕か。僕は生きるだろうね。どんな状態になっても、見苦しくても最期の一秒まで生きる……」 「ハルヒとは違って……か?」 「違う?」 「僕も彼女と同じなのさ。誰もがそれぞれ自分らしく生きて、自分らしく死ねばいい。何の違いがあるというんだい」 佐々木は笑った。その表情がハルヒの最期の笑顔と重なる。 「…ああ。ハルヒには向こうで少し寂しい思いをさせるかもしれないが、俺たちは生きようじゃないか」 涼宮ハルヒの通夜編 キャスト 赤木しげる 涼宮ハルヒ 金光修蔵 古泉一樹 健 阪中 鷲尾仁 谷口 浅井銀次 岡部先生(特別出演) 僧我三威 や【禁則事項】 原田克美 鶴屋さん 井川ひろゆき キョン 天貴史 佐々木(友情出演) スタッフ 超監督・主演 涼宮ハルヒ 助監督 古泉一樹 映像技術 長門有希 撮影 周防九曜 総合演出 喜緑江美里 大道具 橘京子 メイク・衣装 朝比奈みくる カメラの三脚を手で押さえる係 ポン☆ジー藤原 撮影協力 鶴屋邸 西宮市営霊園 原作 福本伸行『天 天和通りの快男児』竹書房
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/511.html
魔の坂道を根性で登りきり、やっと教室に到着した。 あの朝のハイキングコースはいい加減やめて欲しい。 俺は鞄を自分の机に下ろすと、ちらりと後ろの席を見た。 ハルヒはまだ来ていないようだ。 しばらく待っていたが、ハルヒは一向に姿を見せない。 どうしたんだろうか?まさか欠席か? 「よーし、じゃあホームルーム始めるぞー。」 岡部が教室のドアを開けて入ってきた。 ハルヒは結局今日は欠席か、とか思っていると、 なんと、ハルヒが岡部の後ろから付き添うように教室に入ってきたではないか。 なんだ、ハルヒ。また何かやらかしたのか? ハルヒは若干俯き気味だ。 ごほん、と岡部がわざとらしい咳払いをする。 「えー、今日は皆に聞いてもらいたいことがある。」 岡部はハルヒに顔を向け、小声で「自分で言うか?」と聞いた。 ハルヒはフルフルと首を横に振る。 岡部はハルヒを少し見つめたあと、また前に顔を向けて、 少し間をあけてから言った。 「実は涼宮が転校することになった。」 ・・・・・・・・・は? 教室から驚愕の声が上がる。 俺は声が出ず、口をぽかんと開いたままにしていた。 「お父さんの仕事の関係らしくてな。海外に行く事になったらしい。」 ・・・・・・・・・。 嘘だろ? 俺は席に戻ったハルヒに質問攻めをした。 どうやら岡部が言ってる事は全て本当のことらしい。 海外に行く日は・・・・・・。 今週の土曜日。 なんてこった。もう1週間も無い。 冗談だろ? 最近のハルヒがおかしかった理由を一気に理解した。 鬱だったのは、俺達と別れるのが嫌だったから。 いつも以上に活発だったのは、俺達との最後の時を楽しむため。 突然のオゴリは、最後のハルヒなりの気遣い。 ・・・・・・。 嘘だろう、嘘であって欲しい。という想いが俺の頭の中をめぐる。 今、ここで岡部がプレートを掲げながら「ドッキリでした」と言ってきても、許せてやれる。 嘘と言ってくれ、ハルヒ。 「私だって信じたくないわよ。でも本当のことなの。仕方ないわ・・・。」 毎日のように部室に行き、 毎日のように長門は本を読んでいて、 毎日のように朝比奈さんが茶を入れてくれて、 毎日のように古泉とボードゲームをし、 毎日のようにハルヒが突然持ってきた馬鹿な計画につきあわされ、 毎日のようにSOS団の皆で笑って過ごす。 こんな毎日がずっと続くと思っていた。 わかっていた。 高校卒業と共に、そんな楽しい日々が無くなるのも。 でも、卒業する日が来るまでは、せめて卒業までは、 ずっとそんな日々が続くと確信していた。 しかし、その運命の時は、俺が予想していたよりもはるかに早く訪れたようだ。 ハルヒがいなくなる。 俺の中で何かがガラガラと崩れていく気がした。 団長がいてこそのSOS団だろ? お前がいなくて どうするんだよ。 俺はとぼとぼとした足取りで部室に向かった。 ハルヒを除いた三人は既に揃っていた。 「みんな・・・えらいことになった。」 「・・・・・・聞きました。涼宮さんのことでしょう?」 古泉はいつものようなニヤケ顔ではない。 もっとも、古泉がこの状況でまだニヤケ顔だったら 俺は古泉をぶっ飛ばしていたかもしれない。 朝比奈さんは、メイド服も着ずに、パイプ椅子に座って涙目だ。 長門はいつもの無表情だが、手元にはいつもの本がなく、床の一点をただじっと見つめていた。 「・・・・・・・・・。」 沈黙が流れる。その時だった。 「ヤッホー!!皆元気ー!?」 驚いたね、流石に。見ると、ハルヒの表情は、いつものような笑い顔だ。 「よくお前、笑っていられるな。」 俺がそう言うと、ハルヒは部室の雰囲気に気付いたらしく、 笑い顔を真顔に戻して、教室の時のような表情をつくる。 「皆、もう知ってるんだ・・・。」 ハルヒはすたすたと歩いていき、いつもの席に着いた。 それから30分ほど、俺達は何も話さずにそうしていた。 これほどまでに重い空気が流れたのは、この部室初めてのことであろう。 「ねぇ。」 突然ハルヒが口を開いた。 「このまま、こういう雰囲気で過ごしてもしょうがないじゃない? もうあと僅かしかない時間なんだから、もう少し楽しみましょうよ。」 ・・・・・・わかっている、わかっているが・・・そううまくは切り替えられんな。 「そう言ってても始まらないでしょ!!」 ハルヒは大声を出すと、いきなり机を叩いて立ち上がった。 そして、机に顔を伏せていた朝比奈さんのところまでいくと、朝比奈さんも立ち上がらせる。 「さぁ、みくるちゃん!着替えるわよ!!」 そう言うと、朝比奈さんの制服を脱がせ始めた。やばいっ!! 俺と古泉は急いで部屋から出て、ドアを閉めた。 中からは朝比奈さんの悲鳴とハルヒの変態チックな声が聞こえてくる。 しばらくして、 「ど・・・どうぞ。」 という朝比奈さんの声がしたので開けてみると、 メイド姿の朝比奈さんの横に、バニー姿のハルヒがいた。 「バニーよっ!」 何故お前も着替える。 「なんででもいいでしょー?キョンもコスプレしない?楽しいわよ。」 遠慮しておく。 「遠慮しないの!小泉君!クリスマスのときのキョンのトナカイ衣装出して!」 マジで?あれ?あのトナカイには俺の忘れたいトラウマがあるのだが。 そもそも、今日はクリスマスじゃない。 「はい、ただいま。」 古泉は、俺のトナカイ衣装がかけてあるハンガーを手にとる。 っていうか、古泉も何ハルヒの言う事素直に聞いているんだ。 「さぁ、キョン。さっさと着替えるのよ。」 断る。断じて着ない。 「つべこべ言わずに着替えなさい!!」 そう言うと、ハルヒは俺に飛び掛ってきた。やめろ!!この痴女め!! 「やめろって!わかった!自分で着替える!!自分で着替えるから!!」 俺がそう叫ぶと、やっとハルヒは俺のシャツのボタンにかけていた手を止めた。 朝比奈さんは、両手を顔に当てながら耳を真っ赤にして蹲っている。 「最初からそう言えばいいのよ。じゃ、さっさと着替えなさい。」 その前にだな、ハルヒ。 「何よ?」 俺はドアの方を指さす。するとハルヒは納得したように、 「ああ、そうね。じゃあみくるちゃん、有希、いくわよ。」 ハルヒは蹲ってる朝比奈さんと、パイプ椅子にじっと座っていた長門を連れて、 部屋の外に出て行った。やれやれ。 抵抗がある。それはそうだろう、いきなりこんなトナカイ衣装を着ろ、と言われて 素直に着る奴がいるだろうか。いるとしたら、そいつは変態が含まれている。 「さて、涼宮さんたちを長く待たせるわけにもいかないですから、 早く着替えてしまいましょう。」 うるさいな、古泉。人の気も知らないで。と、振り返ると、 そこにいたのは古泉ではなく、やけにでかいカエルだった。 ・・・・・・誰? 「僕ですよ。面白そうなので、僕も着替えてみました。」 古泉の声を発する化けガエル。よくみると、それは俺達がバイトで得たカエルの衣装だった。 お前も着替える必要ないだろ。お前は変態か? 「キョン、まだー?」 ハルヒがドンドンとドアを叩く。 ・・・何の罰ゲームだ、これは。 俺の姿を見るなり、ハルヒは大爆笑した。 まぁ、こういうリアクション取るとはわかってたがね。 朝比奈さんは、手で口をおさえながら俺の姿を凝視している。 長門はというと、眉ひとつ動かさずに無表情のままだ。 気付くと、化けガエルの視線がこちらに向いていた。 なんだカエル。やるのか?トナカイなめるなよ、この両生類が。 「いやー、やはりあなたのコスプレが一番様になってますね。」 どういう意味だ。とりあえず言っておこう、全然嬉しくない。 ここで俺はあることに気付いた。 「そういや長門だけコスプレしてないな。」 一同が一斉に長門を見る。 「・・・・・・・・・。」 長門の眉が1ミクロン動く。 しばらくそのまま固まったあと、長門はすたすたとハンガーの前に歩いていき、 ひとつのハンガーを手に取って言った。 「これ。」 ナース服だ。 古泉と外で待つこと、数分。 「うわっ、有希、あんたなかなか似合うわね。 キョン、古泉くん、いいわよー!」 ドアを開けると、そこにナース服の長門がいた。 「・・・・・・・・・。」 無愛想なナースさんは、無言のまま突っ立っている。 ・・・俺は今、ひょっとしてすごいものを見ているのではないだろうか。 長門がコスプレするなど、まず普通なら考えられない。 これをデジカメで撮って学校にいる長門ファンに売れば、 かなりの高額で売れること間違いなしだ。 「・・・・・・。」 長門は無言で棚から本をとると、ナース姿のまま、所定の場所について読書を始めた。 無表情、無言で読書をするナース。なんなんだろうね、これは。 「じゃあ、これで全員コスプレ完了ね!」 全員でコスプレしてどうするというのだ。 「楽しいからいいじゃない。」 俺は早く脱ぎたいのだが。 「そんなノリの悪い事言わないの。」 ノリってお前・・・。 「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。」 うるさい、化けガエル。田んぼでゲコゲコ鳴いてろ。 「キョンくん、似合ってますよ。」 そんな、朝比奈さんまで! 俺のハートは1000ダメージを受けた。 しかし、すっかり元のSOS団の雰囲気に戻ったな。 これも団長、ハルヒがいてこその――・・・ ・・・・・・ああ、そうだった。ハルヒは、もう来週の日曜日にいなくなるんだ。 この楽しい日々も、ハルヒがいてこそ、成立しているんだ。 ハルヒがいなくなったらSOS団は―――・・・ 帰り道、前ではしゃいでいるハルヒに聞こえないように俺は古泉に話しかけた。 「なぁ、古泉。」 「何でしょうか。」 「ハルヒの転校が無しになるってことはないのか?」 「・・・・・・正直申し上げますと、難しいとだと思います。 涼宮さんが激しく願えば可能かとも考えられますが、 今の彼女の精神では、『仕方が無い』とされています。 加えて、今の彼女は段々力が薄れてきている状態にあります。 その条件で彼女が転校しないことになるのは・・・・・・。」 「・・・・・・そうか。」 俺は帰り道、はしゃぎまわるハルヒの顔をじっと見つめていた。 それからは、俺はホームルームが終わると即効で部室に行くようにした。 限りある時間を大切にするためである。 こうなることがわかっていれば、もっと前々から時間を大切にしていたのだが。 人との別れは、突然訪れるものだ。 金曜日。今日が、ハルヒがSOS団での最後の活動。 「ヤッホー、って、何それ。」 ドアを蹴り破って入ってきたハルヒは、 部室の中央に置かれたものを見て口をぽかんと開けた。 見てのとおり、鍋だ。 「何で鍋?」 「お別れ会ですよ。」 古泉は、ニコニコしながら言った。 「お別れ会?ってことは、一種のパーティーね!」 ハルヒは目を輝かせる。 パーティーではないとは思うけどな。 「じゃあ始めましょう!!」 その日、最後の活動は、今までのSOS団の活動の話で盛り上がった。 ハルヒがSOS団を結成したときの話、野球の話、七夕の話、 映画を作ったときの話、俺が入院した時の話、ハルヒの文化祭でのライブの話・・・。 まだまだ話足りなかったが、時は残酷なもので、 それを全て話しきるまでの時間は与えてくれなかった。 ふと気付くと、外ではぽつぽつと静かに雨が降り出していた。 今、俺は空港にいる。朝比奈さんも、古泉も、長門も一緒だ。 もちろんハルヒも。 そして別れの時まで、あと30分。 「いよいよね・・・。」 ハルヒは右手にはキャリーバッグがある。 見ると、朝比奈さんは、もう涙目になっていた。 「ちょ、ちょっとみくるちゃん。いくらなんでもフライングしすぎよ。」 「だ・・・だって・・・。」 しょうがないないわね、みくるちゃんは、とハルヒは朝比奈さんの頭をぐしぐしと掻いた。 ハルヒの両親をみたのも、そういえば今日が初めてだ。 父親は、なんだか優しそうな人で、 母親は、リボンを頭につけた、元気のある人だった。 どちらかというとハルヒは母親似だろう。 「今まであの子の事、ありがとうございました。 大変でしたでしょう?」 ハルヒのお母様が俺に向かって言った。 「いえいえ、そんなこと。」 実際は大変だったけどな。 「さて。ちょっとあんたらここ一列に並びなさい。」 何だ? 「いいから、早く。」 ハルヒに言われるまま、俺等団員は横一列に並んだ。 ハルヒはまず、古泉の両手を掴んで、 「古泉くん。あなたは副団長としてよく働いてくれたわ。 あなた無くして、このSOS団の活動はできなかったと言っても過言ではないわ。 今までありがとう。」 「ありがとうございます。」 古泉はニッコリと笑う。 どうやらハルヒのやってるこれはお別れの挨拶らしい。 次にハルヒは、長門の両手を掴んで、 「有希。あなたはSOS団唯一の無口キャラ、兼万能少女として頑張ってくれたわ。 今までありがとうね。」 「そう。」 長門はおもむろに一冊のハードカバーの本を取り出し、 「読んで。」 それをハルヒに渡した。 「これ、私に?」 ハルヒは戸惑ったような表情でそれを受け取った。 「そう。」 「・・・ありがとう、有希。大事にするわ。」 ハルヒはそれをバッグに入れると、今度は朝比奈さんの手をとった。 朝比奈さんの顔は涙で濡れている。 「みくるちゃん、あなたは部の萌系マスコットキャラとしてよく頑張ったわ。 それと、あなたの入れてくれたお茶は、他の誰が入れるお茶より美味しかったわよ。 もう、あれが飲めないとなると、ちょっと寂しいけど・・・、ありがとうね。」 ハルヒがそういい終わる頃には、朝比奈さんの顔は涙でぐしょぐしょになっていた。 「もう、ちょっとみくるちゃん?・・・しょうがないわね。」 朝比奈さんにつられたのか、ハルヒの目にも少し涙が浮かんできた。 最後にハルヒは俺の前に立って、 「キョン。あんたは・・・まぁ特に働いて無いけど、」 おいおい、ちょっと待て。 「あんたがいてくれて良かったわ。 あんたがいてSOS団だもん。 …今までありがとうね。」 ……ああ。 「それとキョン。」 ハルヒはごそごそとポケットを探り始めた。 なんだ? ハルヒはそれを掴むと、俺の胸に押し付けた。 赤い布?手に取ってみると・・・ 腕章だ。ハルヒがいつもつけていた、 団長 の腕章。 「あんたを、SOS団の団長に任命するわ!喜びなさい!」 …俺が? ………俺が団長? 横を見ると、他の団員も俺を見ていた。 俺がこいつらを引っ張っていくのか・・・? 俺はハルヒがいなくなると同時に、SOS団も無くなると思っていた。 しかし・・・。 SOS団は、まだ続いていくのか。 そうだ、こいつ等はまだここにいる。 今度は、俺がこいつ等を引っ張っていくのか。 ハルヒじゃなくて、今度は俺が。 俺は、腕章をぎゅっと握った。 「あんたたち!」 ハルヒは涙を流しながら笑っていた。 「次回のSOS団不思議探索パトロールをする日を発表します!」 ハルヒは斜め上を人さし指で指す。 「私は五年後に、日本に帰ってくるわ! 五年後の今日と同じ日、いつものあの場所だからね。」 ハルヒの笑っていた顔が、徐々に歪んでいく。 「駅前・・・集合よ。キョンあんた・・・ぐす・・・いつも遅れるんだから・・・ぐす。 早く・・・ぐす・・・。来なさいよね・・・ぐしゅ・・・。 遅れたら・・・ぐす・・・罰金なんだから。」 気付いたら、頬が熱くなっていた。 何事か、と頬を手で触ってみると、熱い液体がついていた。 その液体は俺の眼からつたっているようだった。 ハルヒの父親が、優しい顔でハルヒの肩を叩く。 「じゃあ・・・・・・。」 ハルヒはそう言って踵を返した。 ――コノママイカセテイイノカ?―― ・・・次の瞬間に俺がとった行動は、今思えばとんでもないことだったと思う。 朝比奈さんも、古泉も、長門も、ハルヒの両親も見ていただろう。他の乗客もな。 とんでもない行動だった。しかし、後悔はしていない。 俺は、ハルヒの肩を掴むと、身体を引き寄せ、唇を重ねた。 そのまましばらくして、唇を離し目を開けると、ハルヒは驚いたように目を見開いていた。 いや、ハルヒだけじゃないな。朝比奈さんも、古泉も、長門も、ハルヒの両親もだ。 ハルヒは、そのまま顔を赤くして、口を開いたままになったが、 しばらくすると、顔に笑みを浮かべ 「ぷっ」 と吹き出した。 「何だ。」 「何でもないわよ。ふふ。」 ハルヒは小さく手を振りながら、 「じゃあねっ!」 と言い、飛行機の中に消えた。 いつものような笑顔で。 その後、俺はハルヒを乗せた飛行機が、青い空に消えるまで見送っていた。 「団長・・・か。」 ぽつりと呟いてみる。 「長門。」 俺はハルヒが去っていった青い空を、そのまま見上げながら言った。 「お前は北高に残るのか?ハルヒの元にいくのか?」 「情報統合思念体の判断で、 私が都合よく再び涼宮ハルヒの元に現れるのは、不自然で、不適切な刺激を彼女に与えるとされたから、 涼宮ハルヒの観測は海外にいるインターフェースが行うことになった。 だが、私を消去すると、五年後の涼宮ハルヒに不適切な刺激を与えることになると考えられたため、 私は消去されずに北高に残ることになった。」 「そうか・・・。・・・古泉は?」 「僕は元々ここいらの区間の閉鎖空間の処理の担当です。 異動になる、というのはよっぽどの事がないかぎりありません。」 「そうか・・・。・・・朝比奈さんはどうですか?」 「えっと・・・ぐす・・・今問い合わせてみたんですけど・・・ぐす・・・。 詳しくは禁則事項で言えないんですが・・・ぐす・・・ 私はしばらくこの時間に残らないといけないらしいです・・・ぐす・・・。」 「そうですか・・・。」 俺は青く広がる空を眺めて、もう一度呟いた。 「団長・・・か。」 腕に腕章を着けた俺は、今、全力で自転車をこいでいる。 まったく、こんな日に寝坊してしまうとは・・・。 待ち合わせ場所に到着すると、懐かしい面々がそろっていた。 「遅いですよ。」 「・・・・・・。」 「キョンくん!お久しぶりです!」 相変わらずニヤケ面の古泉、無口無表情の長門、若干背が高くなったであろう朝比奈さん。 そして、奥で笑みを浮かべながら腕組みをしている黄色リボンの女は、間違いなくあいつだ。 「キョン!遅いわ!罰金よ!!」 fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/846.html
「涼宮!付き合ってくれ!」 「いいわよ」 俺はショックを受けた。なんとあの谷口がハルヒに告白したのだ。しかも俺の目の前で… ハルヒは断ると思っていた。告白してきた奴らに全てOKを出してきたのは知ってたが、あいつはSOS団の団長として日々を過ごすうちに変わっていたからだ。 俺はショックだった。 なんか宙に浮いてるような感じ?嫌違うか。 とにかくハルヒは谷口の告白にOKを出したのだ。 「ほんとか!イヤッホーィィィ!!!」 あほが叫んでいる。 「それじゃあね。いくわよキョン!」 「お、おう…」 「なぁハルヒ。なんでOK出したんだ?」 「う~ん。谷口のあほには一度中学ん時告られたんだけど…」 やはりか。 「高校になって少しは面白くなってるかもしれないじゃない?だからよ」 「そうか…」 俺はショックを受けてはいたが、別に嫉妬しているわけではない。本当である。この時はどうせ三日もすれば終わるだろう。 などと夏休みの宿題並に楽観的に考えていたからである。 しかし、谷口とハルヒは二週間しても別れることはなかった。 「ずいぶんと長く続いてるじゃないか」 「それがねキョン!谷口って案外面白い奴なのよ!」 谷口がおもしろいのは知っている。「チャック谷口」最近の奴のあだ名だ。 このあだ名に行き着くまでにいろいろとあったのだが…言うのはかわいそうだからやめておこう。 「今までで一番続いてるんじゃないか?いつ別れるんだ?」 「何それ?早く別れてほしいみたいに」 ハルヒが少し怒っている。 「あっ、いやすまん…」 「あっ!妬いてんのねアンタ!かわいいやつねぇアンタも。べつに谷口にかわっ」 「ちげぇよ!!」 妬いてると言われてすぐに否定した。最後のほうの言葉はよく聞き取れなかった。 「そ、そう…」 心なしか残念そうに見えたのはきのせいだろう。 「今日は谷口と帰るから、SOS団は休み!あんたがどいしてもって言うんならやってあげてもいいわよ!」 「いや、休みで」 休みになるなら万々歳だ。ちょうど今日は休みたかったところだ。 「そう…じゃあ帰る…」 「おう、じゃあな」 「ハ、ハ、ハ、ハルヒちゅわ~ん」 あほめ とりあえず俺は部室に来ていた。SOS団の活動は休みという朗報を伝えるためと、朝比奈さんのお茶を飲むためだ。 「ちわー」 「あ、キョンくん。今お茶いれますね」 「こんにちは。いい天気ですね」 「…」 「今日は休みだそうだ」 「そうですか。それは都合がいいですね。僕たち三人の話を聞いてもらえますか?」 「なんだ?早く話せ」 「あのですね、キョンくん。言いにくいんですけど…あたし達全員キョンくんをそんなに重要な人物としてみなくなったの…」 「どういうことだ?」 何を言ってるんだ?よくわからん。 「つまりですね。谷口と付き合うことで涼宮さんがSOS団をやめると言っても僕らはとめません。」 「なんでだ?」 「言ったじゃないですか。あなたより谷口のほうを優先するようにしたんですよ。ねぇ長門さん」 「そう」 「なんだよ長門まで…どうしたってんだよ…」 「不確定因子があなたから谷口に変わった。それだけ。情報統合思念体は谷口とより深く関わるようにと言っている」 「つまり、あれか。俺を見捨てるのか。なんだよそれ……」 「まだチャンスはあります。あなたが涼宮さんを谷口から奪ってしまえばいいんですよ」 「そんなことできるかよ…」 「では仕方ありませんね」 「ちくしょう!もうこんな団はやめてやる!」 バタン 「やれやれ、鈍い人ですね。まったく」 「本当ですね。キョンくんって天然なのかな?」 「……失望」 なんなんだよあいつら!くそっ!胸糞悪い! 「寝るか…」 その時携帯の着信音がなる。 キレテナイッスヨ、キレテナイッスヨ むかつく着信音だ。後で変えよう。 「もしもし」 「よぉ、キョン」 「谷口か…」 「なんだよ、くれぇーな。とりあえず聞いてくれよ~国木田は聞いてくれないからさ~」 「なんだ、早く言え。俺は眠いんだ」 「それがよ~ハルヒの奴めちゃくちゃかわいいんだぜ~」 ぶっ殺してやろうかと思ったね。 「のろけなんか聞きたくない。じゃあな」 「おいおい、待てよ。本題はそこじゃない。聞きたくないか?」 「……早く言え」 「俺やっちゃったんだよ~」 「………何をだ?」 マサカナ… 「決まってるだろ~セクロスしかねぇじゃん。気持ち良かったぜ~それでさー」「てめぇ!!!!!」 「な、どうしたんだキョン?!」 「明日学校で話そう」 「は?」 「教室に朝早くこい」 「はぁ?わかった…」 プッ 谷口の野郎、ちくしょう…なんだよ俺…バカみたいじゃねぇか…… なんで涙が…くそっ!止まらん。 「ちくしょう……」 「キョンくん、ごはーん!」 「いらん!!」 「お母さ~ん!キョンくんが不良になっちゃったー!」 もう寝よう…明日にそなえて……… 指定した時間に谷口は来た。 「なんだよキョン。どうしたんだ?」 「お前に聞きたいことがある。」 これだけは聞いておきたい 「ハルヒのこと本当に好きか?」 「はぁ?なんでそんなこ」 「好きか嫌いか答えろ!」 「なんだよいったい…そりゃあ好きだけど…」 「好きだけどなんだ?」 「もう目的は達成したからなぁ。セクロスしたし。別に別れてもいいぜ!わかった!お前涼宮のこと好きなんだろ!早く言えよ~付き合えよ!俺は身を引いてやるからさ」 もうがまんできん。 「このヤロウ!」 俺は殴りかかった。その時だ 「やめて!!」 そこにはハルヒが立っていた… 「ハルヒ……」 「もうやめてよ…キョン…ごめんね谷口。もういいよ…」 「ああ…わかった…まさかこんな形になるとはな」 「何言ってるんだ?お前ら」 「やぁこんにちは」 「ごめんなさい、キョンくん」 「…」 なにがなんだかわからない 「あのね、キョン。これはドッキリなの…」 「はぁ?!!」 「僕が提案したんですがね、ドッキリなんですよ。あなたならもう少し違った感じになると思ったんですが…例えば涼宮さんに告白するとか……」 「キョンくん鈍いんだもん」 「ホントよ!全くバカね!!」 「ドッキリですが、あなたが涼宮さんに告白したらドッキリとは言わないようにしていたんです。」 「あ、あんたのせいだからね!まったく…」 「ハハハ」 なんだ。ドッキリかよ… なんだろうこの気持ち… もの凄く安心している。 ああそうか。 「俺はハルヒが好きだったんだな」 「えっ!」 「ハルヒ。俺お前が好きだ」 「なにぼけてんのよ!ドッキリだったって言ったでしょ!」 「違うんだ。わかったんだよ。俺は本当にお前のことが好きだったんだなって。」 「キョン……私も………」 「ハルヒ。付き合ってくれないか?」 「かぁ~妬けるねぇ~」 「谷口くんにはがんばってもらいました。一つだけを除いて」 「そうですよ。まさかやっ…たなんて言うなんて」 「そうよ!アホ谷口!バカ!」 「な…なんだよ…」 「じゃあ谷口くんは僕が預かりますからどうぞ続きを…」 「じゃあ私たちも…」 「…コクン」 みんなでていった。 「キョン。ごめんね」 「いいさ。後で谷口には謝らないといけないな」 「それはいいわよ」 「そうだな」 プツ 「アーハッハッ!!」 二人で大笑いした。 さっきまでの気分が嘘のように晴れやかだ。 「ところでハルヒ。さっきの返事は?」 「さっきのって?」 とぼけてやがる。 「付き合ってくれ」 「いいわよ!な、なによ!ただあんたなら面白いかなと思っただけなんだから!!」 「そうかい」 「よかったですね、長門さん」 「少し残念…」 こうして俺とハルヒは付き合うこととなった。 なぜか古泉と谷口の関係が深まったような気もするが… これからはずっと過ごしていけるだろう。 いつもとちょっと違った日常をさ………… 涼宮ハルヒの変貌 完 PS谷口くんの口癖が 「ア、ア、ア、アナル~」になりました。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1024.html
第四章 あれ?ここはどこだ?そうか病室だったな。もう朝か寝ちまったようだ。今日が土曜日でよかった。 時計は午前9時を指していた。 周りを見渡すとハルヒがベットで横になり眠っていて朝比奈さんも俺と似たような体制で眠っていた。 古泉と長門はどうしたんだ?俺の記憶が正しければ病院に駆けつけいたはずだ。 探そうか迷っていると古泉と長門が病室に戻ってきて病室を出てどうやら医者と話してきたらしく話がある俺と言ってきた。 「とうとうこの時が来てしまったようです。涼宮ハルヒの能力が今にも消えようとしているのです。」 「おいおい仮にも神なのに力が消えるなんてことありえるのか?」と返す俺。 「いえ、涼宮さんは神などではありません。気づいてはいましたがそれで納得してしまうと僕も行動できなくなるのでね。 このような事態になってはそんなことはもはやどうでもいいです。 涼宮さんの強い思いが神にも匹敵する力を手に入れたのです。今にもその力が消えようとしている。意味がわかりますか?」 「世界が狂わなくて済むんじゃないか?」と返してみる。 「ええ、確かにそういうことになりますが我々はとても大切で大きなものを失うことになります。それでもいいのですか?」 「まさか、お前ハルヒの能力が消えたら死ぬとか言い出すんじゃないだろうな?」 「そのまさかなのですよ。『何故そんなことがいえる?』なんて聞かないで下さいよ。わかってしまうのだから仕方ありません。 あなたも気づいていたでしょう?最近涼宮さんに変化があった。普通に考えてあのような能力をもってしまった人間…体への負担は想像を絶するレベルだと思います。 最近涼宮さんの精神面で弱気になっているのはわかっていたのですが、僕が感じていた違和感は肉体の弱化です。これに気づくべきでした。 長門さんから聞きました恐らくジョンスミスに会いたいと言う願いを実現させた瞬間に体に限界が来てしまったようです。現状涼宮さんの能力だけを消す方法は見付かっていません。このままでは1週間と持たないでしょう。ですが1つだけ方法があります。それは…」 「ハルヒに今までのこと、その能力について話す…か?」俺は割って入った。 「そうです、ですがこれは危険です、場合によっては涼宮さんの力が暴走し取り返しのつかないことになります。」 わかっている。それはわかっているが、それしか方法は無いんだろ?どうなろうがハルヒの責任さ。 「そういうと思ってました、涼宮さんに話す役は買って出てくれますね?」 「俺がやるしかないな、俺はハルヒにとっての鍵であり、SOS団その1なんだろ?」そう言って俺はハルヒのいる病室に戻った。 俺は朝比奈さんと長門に病室を出てもらい糞まじめな顔でハルヒにこう言った。 「ハルヒ、とてもまじめで真剣な話があるんだ。聞いてくれ。これはSOS団員全員の正体に関わる重要な話だ。」 「何?しんどいんだから手短に話しなさいよ?どうせあんたのことだからくだらない話なんでしょうけど。」そういいハルヒは体を起こした。 「実は長門と朝倉は宇宙人に作られた人造人間で…」 「はあ?有希のことは一年ぐらい前に聞いたけど朝倉もそうなったの?」そう皮肉そうにハルヒが割って入った。 俺は無視し続けた。 「そして朝倉はある理由から俺を殺そうとした理由はある人間に刺激を与えるため、そして俺は長門に助けてもらったんだ。そして長門は朝倉を消滅させ、カナダに転校という事にした。 それでこの前の雪山で不思議なことがあったろ?あれは集団催眠なんかじゃない、長門によれば敵宇宙人の攻撃だそうだ。あの時も長門のおかげで何とかなった。 朝比奈さんの正体は未来人だ。朝比奈さんはある人物に過去に一定以上の過去に行く道を閉ざされてしまい過去に戻る方法を見つけに過去に来たらしい。過去にいろいろとグレードアップした朝比奈さんに俺は何度か会ったからな、間違いないグレードアップした朝比奈さんは何度も俺にヒントをくれ助けてくれた。 違う未来人に未来を書き換えられそうにもなったがグレードアップした朝比奈さんのおかげで何とかなった。俺が一度お前に『朝比奈さんが誘拐された。』って電話掛けたことがあったろ?あの時誘拐されたのは実はその一週間後から来た朝比奈さんなんだ。気が動転して何も知らないお前に電話してしまった。反省してるよ。」 ハルヒはこの辺であきれたように黙りこくったがやはり無視し続けた。 「そして古泉、こいつは実は超能力者なんだ。こいつは仲間とある人間が不機嫌になると現れる閉鎖された空間で青い巨人といつも戦ってる。こいつのバックには機関と言う組織がある、実は夏休みでの孤島やら雪山でのやらせ殺人事件のときの荒川さんや森さん田丸さん兄弟、全部その機関の人間なんだ。俺たちのために裏でいろいろしてくれているらしい。」 青い巨人と言うところで一瞬ハルヒが反応したかのように見えたが興味はなさそうで、こう俺に質問した。 「どうしてあんたの周りにはそんなに不思議な人間がいるのかしら?そんなこといって私が喜ぶとでも思う?それにあんたと私には何も無いの?聞くだけなら聞いてやってもいいわよ。」 と言うことなので教えてやることにする。 「実はな、お前の隠された正体のほうがおもしろいぞ?ハルヒ、ある人物ってのはお前なんだ、実はお前には願望を実現する能力があるんだ。思い当たる節があるだろう?そしてその能力のせいでお前の体は蝕まれているんだ。」 もはやハルヒはもはや聞く耳も持っていないようだったが俺は続けた。 「そして俺の正体だ、これが一番おもしろいぞ?実はな俺の正体はジョ…」 そのときだ。急に窓ガラスが割れているはずの無い人間…いや人造人間が飛び込んできて一目散に俺の脇腹を刺した。 一瞬の出来事だった。 「な………に………?………」 目が霞む瞬間ドアを開け急いで入ってくる長門、古泉、朝比奈さんと呆然としているハルヒの顔が見えた。意識が朦朧としていく… 「あなたが何故ここにいる?」と長門が怒ったような口調でいい俺の脇腹に手を当て怪我の治療をしてくれる。 放心状態で見ているハルヒ。 馬鹿にするように「なんであなたにそんなこと言わなきゃならないの?私の目的はあなたとそこの人間…もう死体かしらね。」 朝倉がその言葉を発した瞬間だった。 病院から見える青い空が急にどっかの龍を出したときのように真っ暗になった、その成果も知れんが一瞬外の雰囲気そのものも変わったようにも見えた。 そして例の巨人が暴れだす…しかも窓から見えるだけで50体は見える。これが世界中で怒っていると言うのだから恐らく大量に血を流し今にも死にそうな俺を前にしたからだろう。 古泉が言った。「これはまずい、世界規模で閉鎖空間が発生してしまったようです。このままでは非常にまずい…涼宮さんの前で…いやそんなことを言っている場合ではない。急いで行かなくては。キョン君後は頼みます。」 それから例の赤玉になり新人と戦うため飛んで言った。 ハルヒの前なのにナイフ持ってニヤニヤしている朝倉、そして病院内の閉鎖空間化… しかしハルヒは夢でも見ているかのような顔をしている。朝比奈さんは気絶したようだ。 長門のおかげで何とか回復できた俺は朝倉に聞いた。 「どうしてお前がここにいるんだ!?」と。 朝倉は待っていましたと言うよな顔でこう返した「敵の情報生命体がいるのには気づいているでしょう?、情報統制思念体って言うの。その情報統制念体って言うのが私のバックアップを作っていたの。そして作り直してもらったの。前の私が偉くお世話になったようね。きっちりお礼をさせてもらうわ。」 そして朝倉は長門に襲い掛かった、長門はなんなく避けた。それを戦闘の開始のように二人が先頭を開始した。長門はうまいこと朝倉をドアの付近に誘い朝倉をふっとばし病室から出しことに成功した。 俺は思った。またこいつらが戦いを始めるのか…としかしここは朝倉の情報制御空間とやらではないとは言え俺とハルヒを守りながらとなると勝ち目はあるのだろうか。古泉も。 9回裏にツーアウト満塁であと3点で逆転勝利できるのに4番のバッターが怪我したってぐらいまずい。 これからいったいどうなっちまうんだ全く、やれやれ。 第五章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3780.html
『涼宮ハルヒの進路』 3月。鶴屋さんと朝比奈さんはそろって卒業し、鶴屋さんは地元の大学へ合格した。 朝比奈さんは・・・試験当日、高熱を出して文字通り昏倒し、結果、一年を棒にふった。 おかげでというか、卒業後も文芸部室のマスコットを継続していただけることになった。 予備校とか、いいんですか?と控えめに聞いた俺に対し朝比奈さんは泣きそうな声で 「私は! 試験に落ちたんじゃないですから!」 と叫んだ後なにやら呪うようにつぶやいていた ウケテサエイレバ ウケテサエイレバ ウケテサエイレバ 聞かなかったことにしよう 4月がきて、俺たちは最上級生へと進級した。このままいけば来年で卒業であり 本格的に進路を考えざるを得ない状況に追い込まれたわけだ。 職員室の岡部のところまで日誌を届けに行くと、先客がいた。ハルヒだ。 聞くともなく聞いた内容によると、ハルヒは進路調査を白紙で出したらしい。 「どうしたんだハルヒ。お前の成績ならどこでもすきなとこ選べるだろ」 「うっさい、余計なお世話よ。だいたいアンタ、他人の心配してる余裕あんの?」 とりつくシマもない 受験生となっても団活に休みはない。 新年度最初の不思議探索。くじ引きは古泉と二人組みになり、このところ閉鎖空間が頻発していると聞かされる。 なぜだ?進路希望を白紙で出したりするからには悩んではいるのだろうが、閉鎖空間を創るほどのことだろうか? それとも、進路とは関係ないのか?理由がわからない。 掃除当番を終え、いつもの文芸部室にやったきた俺を迎えたのは卒業後も律儀にメイド服に着替えている朝比奈さんと、 いつものように本を開いている長門、そしてマウスをぐりぐり動かしているハルヒだった。 てっきり俺が最後だとおもったが 「9組はホームルームが長引いてるみたい。どうせ進路がらみでしょ。アンタ…進路は考えてるの?」 「んー・・・そうだな。私立に行く金も県外に出る金もないし、地元の国立がベストだな」 「そんなの奨学金とればいいだけじゃない。ちゃんとやりたいことのできるとこ選ばないとダメよ!」 珍しいこともあるもんだ。ハルヒがまともなことを言っている。 じゃぁベストは模索中ってことで、いまんとこ地元国立だ。 「へぇ…偶然ね」 ハルヒがつぶやいた。パソコンのモニターで顔は見えない。 なんと、ハルヒも同じ進路らしい。偶然だと信じたい。 それにしてもアンタ、国立志望できるほど成績よかったっけ? 安全圏には程遠いな。家庭教師をしてくれるって、前に言ってたよな? あったり前よ!SOS団団員が浪人したなんていったら団長の恥よっ! 東大でもケンブリッジでもオックスフォードでもMITでも、トップ合格できるくらい叩き込んであげるわ! 頼りにしてるぞ。 久しぶりな気がする、100Wのハルヒの笑顔だった。 ふふん。覚悟しなさい? ところで、朝比奈さんがうつろな目をして何かつぶやいてるぞ。 ワタシハローニンジャナイ ローニンジャナイ ローニンジャナイ 聞かなかったことにしよう それから毎日、団活後はハルヒが家まで押しかけてきて家庭教師をしてくれるようになった。 数日後、古泉から閉鎖空間の発生が嘘のように落ち着いたと聞かされる。 はて、俺は何もしていないぞ。 礼を言うな。気持ち悪い。 土曜はもちろん不思議探索があった。 探索後、ハルヒは我が家で家庭教師をしてくれている。 明日の日曜は丸々朝から家庭教師をしてくれることになった。 自分の勉強は大丈夫なのか あたしの頭脳をもってすればNASAだって余裕よ! NASAは大学じゃないような気がするが 飲み干したコップやらを台所に返しにきたら ハルヒさんに夕飯食べていってくださいって伝えてね 現物支給か? と俺を頭のてっぺんから足元までしげしげと眺めた後、 現物支給で受け取ってもらえるくらい高い子だったら、母さん苦労しないわよ ため息交じりでのたまった。どういう意味ですかお母様。 日曜日、妹 ハルヒタッグの襲撃により起床を余儀なくされ 文字通り あさめし前 の課題を消化していると玄関のチャイムが鳴った 今日は朝から客の多い日だと思いつつ、出された問題と格闘していると パタパタとスリッパの音が近づいてきて、ノックが響いた。 どうぞー 誰の部屋だ うっさい。問題に集中しなさい。それ終わるまで朝ごはんはおあずけよ! おじゃまします 入ってきた人物を見て、ハルヒがぽかんとしている。 俺も驚いた。なぜ佐々木が? 橘さんの強い勧めでね 『佐々木さんも勉強会に参加するべきですっ!』 ってうるさいのよ。 どこで二人の勉強会のことを知ったのやら あたしとしてはあまり気が進まないんだけど、橘さんがしつこくって。 二人の睦言を邪魔しても悪いし、顔を出したけど断られたといえば彼女も納得するでしょう。 じゃ、あたしは帰るわね。 ドアを閉めようとする佐々木をハルヒが呼び止めた ちょっと待って! そうね、確かに一人じゃ面倒見切れないかもしれないわ。 佐々木さんが手伝ってくれるなら私も助かるわ。 おいおいおいおい そう?なら、あたしも協力させてもらっていいのかしら。 えぇ。よろしくお願いするわ。 ちょっと待てハルヒ 佐々木もなぜ女言葉で話してる。 部屋の主は俺だ。当然、話しかけるべきは俺で、話し言葉は男言葉ではないのか というか、ハルヒが断れないように挑発しただろう。睦言なんぞとは無縁だぞ と、いうわけだ、キョン。 東大でもケンブリッジでもオックスフォードでもMITでも、トップ合格できるくらい叩き込んであげよう。 覚悟したまえ。 そこで男言葉か。 …………4月とはいえまだ肌寒い陽気だというのに、汗がつたう。 ここは俺の部屋だというのに、なぜこんなにも居心地が悪いのだろう ふとみると、時計は21 30を回っていた。もうこんな時間か。 今日はこの辺にしないか? 今日はいろいろな意味で疲れた そうね 佐々木と二人頷きあい、ハルヒが宣言した 今日はここまでにしましょう 二人を送るために自転車を引っ張り出した。乗っていくためではなく、荷物運搬用だ。 うぉ?おい、佐々木、やらく重たくないかおまえのカバン?何が入ってるんだ。 女性の持ち物を詮索するものではないよ、キョン。 そうよ。まったくデリカシーに欠けるんだから お前の口から『デリカシー』なんて単語が出るとは驚きだ なんか言った? なんも しかしこの重い荷物をかかえて駅から家まで?誰か駅まで迎えに来るとか? 歩いて帰るつもりだよ。たいした距離でもないしね。 わかった。佐々木は家まで送ってやる。 ハルヒは駅まででいいか? ………… ハルヒ? いいわよ送ってもらわなくても ハルヒは自分の荷物をひったくるように言い 駆け出して行ってしまった 翌日の月曜日、教室に入るとハルヒが机に突っ伏していた 体調でも悪いのか? 別に なぁ、昨日は何でいきなり帰ったりしたんだ? どうでもいいでしょ ほら岡部来たわよ。さっさと前向きなさい ハルヒは一日中ダウナーモード全開でおとなしく、 シャーペンで背中をつつかれることは一度もなかった 放課後、文芸部室にハルヒはいなかった 今日はおやすみだそうですぅ お休みなのにお茶を淹れてくれるってことは、何かあるんですね? ハルヒに聞かれては困るような。 えぇと、私にはないんですけど、古泉君が… えぇ。察しがよくて助かります 昨日から、閉鎖空間の発生頻度が一気に増えました。まるで中学時代の頃のように あなたに原因があるのではありませんか? すまんが心当たりがない もしよろしければ、昨日のことを教えていただけますか? 俺は昨日のことを話してやった。 そうですか・・・佐々木さんが それでは、僕たちにはどうすることもできませんね 耳にたこでしょうが、『あなたに期待する』としか言いようがありません そろそろ帰ったほうがよいでしょう お引止めしてすみませんでした 家にはハルヒと、もしかしたら佐々木もいるかもしれない なんとなく、早く帰らないといけないような、帰りたくないような・・・ 玄関には、女物の靴が二足あった。 おかえりーーキョンくんー お兄さんと呼びなさい 君たち兄妹は相変わらずだね。くくっ 遅かったわね。今までなにやったてのよ お前こそ、なんで急に休みなんだ …気が乗らなかったのよ 古泉の言うとおりだ。確かに、こいつはおかしい はい、これ どかっという擬音がしっくりくるほどの紙の束。まさかこれ全部・・・? 当然でしょ。ほらさっさとやらないと朝になるわよ カリカリカリカリパラパラ カリカリカリカリパラパラ うぅぅぅまだ半分残ってるぞ。ちょっと多すぎないか? 普段からやってればたいしたこと無いわよ。 なぁハルヒ、ここちょっと教えてくれないか? どこ?はぁ?なんでこんな結果になるのよどんな計算してんの? どれどれ? あぁなるほど。キョン、この公式に当てはめる数字はこちらだよ。 なぜかというとだね、、、 佐々木の解説はとても丁寧でわかりやすかった サンキュ。助かったよ …… カリカリカリカリパラパラ ハルヒ、ここな「佐々木さんに聞いて」んだが・・・ ハルヒ? あたし帰る。悪いけど、佐々木さんあとお願い。 私はかまないけど、いいの? 待て。帰るなら送っていくぞ アンタは課題を片付けなさい! ハルヒは何を怒ってるんだ? …今ばかりは、君の鈍感さに感謝するよ…… 教室に入ると、空気がピリピリしていた。 昨日はダウナーオーラだったが、今日のそれは一触即発の地雷そのものだ。 どうしたんだ? あたし今日から行かないから なんだって? 志望校変えたの。 あたしはあたしの勉強するから、キョンにかまってるヒマは無いの。 ちょっと待て。どういうことなんだ? 今言ったでしょ。勉強の邪魔しないで。 放課後、厭な予感を振り払うようにSOS団アジトへ向かった俺は 厭な予感が当たってしまったことを知った。 ハルヒは今日も休みだった。 急いで帰ると、玄関には女物の靴が一足だけ。 佐々木、すまないが待っててくれるか? ハルヒを迎えに行ってくる なぜ? 涼宮さんには涼宮さんの事情があるでしょう? 勉強ならあたしが見てあげられるし、無理に呼ばなくても。 それとも、あたしでは不足? それは違う。何が違うのか、どう違うのか俺にもよくわからないが、違うんだ。 佐々木は俺の言葉を噛締めているようだった。 俯き、 こうなると思っていた。いや、わかっていたといってもいい。 だが、確かめずにはいられなかったんだ。悪かった。 もう来ないから安心したまえ。短い間だったが楽しかった。 顔を上げて これで…これであたしも一歩踏み出せると思う。 ありがとう… 佐々木の別れの言葉は、女言葉だった。 俺は佐々木を見送らなかった。 俺は携帯電話をとりあげ、ハルヒに電話をした 出ない。だが、俺は確信していた。ハルヒは絶対に携帯を手にして睨んでいる。 留守番電話が6度。7度目の正直はノーコールで繋がった。 しつこいわよ!わからないところは佐々木さんに聞けばいいじゃない! あたしはもう行かないんだから! まてハルヒ!頼むから切らないでくれ。 一度しか言わないからな。よく聞けよ。 お前が来てくれないなら、俺は一切勉強なんかしない。学校へも行かない。 明日からニート一直線に突き進む。 あ、あんたバカじゃないの?ナニふざけたこと言ってるのよ あぁ俺はバカだ。自分でもあきれるくらいだ。だからお前が必要なんだ あたしじゃなくても、佐々木さんがいるでしょう… 佐々木は帰った。もう来ないそうだ。 …そう…… そんなわけで、俺の将来はおまえにかかっている 俺たちは駅に近い、ちいさな公園を待ち合わせに定め、電話を切った。 俺が自転車を疾駆して公園に着いたとき、ハルヒはすでに来ていて 小さなブランコを窮屈そうに揺らしていた。 俺が隣に立つと、ハルヒはぽつぽつと語り始めた。 あたしね、卒業するのが怖い。 卒業して、みんな自分の進みたい道へ進んでいくのよね。 あたしは…自分がどんな道に進みたいのかぜんぜんわからない。 SOS団のみんなと離れ離れになって、自分ひとりになって、また中学のときみたいに? そう考えたら、立っていられないくらい怖かった。 だから、キョンと同じ大学に行くことにしたの。 ほかの誰がいなくても、キョンがいればきっと大丈夫。そんな気がしたから… まるでストーカー。迷惑よね… どうして?中学生のときのあたしは平気だったのに どうして今のあたしはこんなに怖いの? キョン…キョンは、あたしのことどうおもってるの? もし…あたしが特別でないなら、もうかまわないで。もうやさしくしないで。 やさしくされたら、キョンに頼ってしまう。 頼ったら、あたしは弱くなる。一人で立っていられないほど、弱くなってる。 それで、俺を無視したりSOS団をほっぽったりしたのか? ごめんなさい… こんなに弱気で素直なハルヒは初めてだ 『俺にとってハルヒは何なんだ?』か いつぞやの、灰色空間での自問が甦る ハルヒは俺にとって特別な存在なのか?今でも正直よくわからん だが、ハルヒが頼ってくれるなら俺はうれしい こんな俺でよければ、いくらでも頼ってくれ。 それって 俺を見上げるハルヒの顔には期待と不安、歓びがにじんでいた 反則的にかわいい顔にうろたえた俺は、地雷を踏んだ。 俺だけじゃない。長門も、古泉も、朝比奈さんも、鶴屋さんもいる。 ……っっっ!ばかぁっ! ハルヒはブランコからはじける様に立ち上がり、俺に詰め寄った アンタのせいよ!あたしは強かった!独りでいることなんてなんでもなかった! あたしが弱くなったのはアンタのせい! 有希でもみくるちゃんでも古泉君でもない、アンタのせいよ! 涙?ハルヒが泣いてる? アンタが優しいせい! あたしのわがままを許してくれるせい! あたしをっ!あたしをこんなに弱くして…すこしは責任取んなさいよ………っ 泣き崩れるハルヒを、俺は抱きしめていた。 泣いているハルヒなんて見たくなかった ハルヒを泣かせたくなかった 俺は懇願するようにハルヒにつぶやいていた 俺はここにいる。お前が望む限り、お前が望んでくれる限り。 キョン… あんたは?あんたは、あたしがあんたの隣にいることを望んでくれる? あたしは あんたの隣にいて いいの? 涙を湛えた目で見上げるのは反則だ。ちくしょう。かわいいじゃねーか。 ああ。いてくれ。 目の届かないところにいられると落ち着かん。 ん…いいわ。いてあげる…… 俺たちはその後しばらく抱き合っていた。どれだけの時間がたったのか ハルヒのぬくもりが名残惜しいが、いつまでこうしてはいられない。 俺たちにはやるべきことがまだまだ数多く残されている。 安らぐのは今ではない。 ハルヒ、今夜はもう遅いから勉強は明日にしよう。家まで送っていくから。 ハルヒは頷き、俺たちは自然と手をつないで歩き始めた。 明日のために。二人で。 fin.
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3188.html
「あたしも、混ぜてよ。」 昼休み、部室で緊急会合を開いていた俺達の前に、ハルヒが現れた。 ハルヒの顔にいつもの無邪気な笑みは無く、静かに不敵な笑みを浮かべている。 おいおいハルヒ、それはどちらかというと古泉の笑い方だ。お前にそんな笑いは似合わねぇよ。 「いっつもそうやって、あたしを除け者にして面白いことしてたってワケね。」 「なんで朝比奈さんの未来を消した。」 「だって、未来があったらみくるちゃんいつか帰っちゃうじゃない。」 ハルヒはしれっと言ってのけた。そうだ、ハルヒは俺以外の三人の正体についても理解している。 朝比奈さんはいつか未来に帰ってしまうってことも。 でもだからってこれは……ねぇよ。 「涼宮さん、お願いします!未来を返してください!」 「ダーメよ。みくるちゃんは大事なSOS団のマスコットなんだから!未来に帰るなんて許さないわよ! でもみくるちゃんの未来人設定ってのはおいしいから、無くすのはもったいないじゃない? だから、帰る場所の方を消したのよ。」 「そんなの……そんなのあんまりですぅ!」 「嬉しくないの?これでもう未来に縛られることなく、ず~っとこの時代にいられるのよ?」 「涼宮さん、落ちついてください。向こうには朝比奈さんの両親もいるのです。 それを消してしまうのは、いささかやり過ぎかと。」 ハルヒと朝比奈さんの口論に古泉が割って入った。だがハルヒはまったく動じることは無い。 「そんなの関係ないわ。みくるちゃんの居場所はここしか無いはずよ。 あ、それと古泉くん、今までご苦労様。ずっとあたしのご機嫌取りしてくれてたんでしょ? でももうそんなことしなくていいわよ、あたしはもう閉鎖空間をコントロールできる。 自分のストレスぐらい自分で処理するわ。もうあたしのイエスマンを演じなくて済む。嬉しいでしょ?」 「……お言葉ですが涼宮さん、僕は別に自分を偽ってなど……」 「はいはいそれもあたしのご機嫌を取るための演技でしょ? ……有希もそうよね?あたしの監視のために仕方なくここにいるのよね。」 「違う。私がここにいるのは私自身の意思。」 「でもいいわ。いざとなったら全員留年させ……いえ、ずっと時間をループさせ続けるのもいいかもね! 去年の夏休みの時みたいに!我ながら名案だわ!そうすればずっとSOS団は不滅になるし!」 SOS団のメンバーに次々と絡んでいくハルヒを、俺は冷静な目で見ていた。 これでも一年間、ハルヒのことを見ていたんだ。 今ハルヒがどんなことを思っているか、なんとなくだが分かる。だから俺は言ってやるのさ。 「もう……無理すんな、ハルヒ。」 そうだ、コイツは明らかに無理している。そもそも古泉的な笑みをしている時点で気付くべきだったか。 もっともその笑みももう崩れかけているがな。 「……キョン?何言い出すのよ。あたしは別に無理なんか……」 そうは言っているが、ハルヒの笑みは更に崩れている。 お前に無理や我慢は向いてないんだよ。感情を100%表に出してこそのお前だろうが。 「ハルヒ、お前は自分の能力を知ってショックだったんだろ?今まで信じてたものが信じられなくなった。 下手したらSOS団のメンバーも偽りの仲間かもしれない。そう思った。 だから朝比奈さんを無理矢理繋ぎとめるような真似をしたり、 能力を持てて嬉しいんだと自分を偽っているんだ。違うか?」 「……ちが……」 「何が違うんだ?言ってみろ。 悪いが俺には攻める要素なんてまったくないぞ。俺はいたって普通の人間だからな。」 「……そうよ!その通りよ!悪い!?」 ハルヒが怒鳴った。ようやく、ハルヒらしい声が聞けたな。 「アンタに分かる!?自分がとんでもないことをしていたと気付いた時の気持ちが!! 自分の都合で8月を繰り返したり、自分の機嫌で変な空間を生んでたり! 1歩間違えればあたし世界を滅ぼしてたのよ!?」 大声で怒鳴りながらまくしたてるハルヒ。今まで我慢していたものが噴き出しているような感じだ。 「だから全てを知った時、あたしは真っ先に願ったわ!『こんな能力なくなりますように』って! でもそれだけは何度願っても叶わないのよ!こんな能力いらないのに!」 全ての感情を吐き出したハルヒは、その場に崩れ落ちてしまった。 床に水滴が落ちる。……泣いているのか。 「ハルヒ……」 今のコイツに、俺はなんて声をかけてやればいいのだろう。 俺が戸惑っていると、長門がハルヒの元へ歩みよった。 「有希……?」 ハルヒも顔をあげる。目元は真っ赤になっていた。 「あなたに、処置をほどこしたいと思う。」 「処置……?」 「そう。」 長門はハルヒの頭に手をかざした。 「あなたが昨日獲得した情報を、あなたの記憶から消去したいと思う。」 続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3686.html
まず、プロローグ的なものだ。 なんというか、前々回の話はどこ言ったのか? と、疑問に思ってる方もいるでしょうが、 それはまぁ、あれだ、えっとだな、そう、 宇宙人的、未来人的、超能力的、超監督的存在が、 倫理的観念から放送を打ち切った様なもんだ。鬱展開だったんだ! そう思っとけ。 決して手を抜いたわけじゃないぞ。 それも含めてネタだと思えばいいのさ。 そういや、最近ネタ系の話が多くなって来た気がするが、 ここいらで真面目系の展開にするか? それもいいかもしれないが、今までの展開は無視していいものかどうか、 悩むところだな、でも、まあ悩んでも仕方ない、なるようになれだ。 ま、それに文句を言われても俺にはあのセリフがあるからな。 ──知ったこっちゃねーや。 なぁんてな、と、そろそろ話を進めないといかんよな、 と、言うわけで──。 最終話『涼宮ハルヒの深淵』スタート 「──えーと、マジですか? 長門さん」 俺達は今、旧校舎の階段の踊り場にいる、 さっきまでいた鶴屋さんは朝比奈さんの整備の為に二年の教室に戻ったいった。 なので俺たちと言うのは長門と古泉と俺の三人だ。 この非常識な世界を元に戻すための方法を見出したとされる、 ミス万能宇宙人長門から、俺はその方法を訊いて思わず冒頭の言葉を吐いた。 さすがに信じがたいことだったからな。その内容はというと……。 「涼宮ハルヒがいる空間に入れるのはおそらくあなたのみ、 あなたが何度かその空間にアクセス出来た状況からみても断言できる、 その方法としては、あなたに危機的状況が訪れたときだと推測される」 ここまで言ったことについては俺も理解できた。 「それにより、涼宮ハルヒはあなたの状況を何かしらの方法で観察、 または探知していると推測し、 わたしはその検証を試みた、先ほどあなたに切りかかったのはその為、 そのとき、わたしはあなたの前腕部に軽い切り傷を作った」 思わず自分の左腕を見る、が、そのような跡はまったくないぞ、 「結果、その傷は数秒でなくなった、これにて検証終了、 あなたはおそらく不老不死と呼ばれる存在に改変されていると思われる」 なんだって、不老不死? 意味わかんねぇぞ、おい。 「あなたもなにかしら改変されていたようですね、 しかも不老不死、結構じゃありませんか、 人類が切望し、手に入れたがっていた存在になれたのですよ、 神に選ばれたあなたならではの能力じゃないですか、 まったく、うらやましい限りです」 あー、まぁこの際、俺も何かの改変をされてるのはいいとしよう、 だが古泉、おまえも有る意味不死的な存在じゃないのか? 「そう言われればそうですね、常人よりかは幾分頑丈な肉体になりました」 いつもの笑顔で軽く笑う古泉。 お前は何があってもその笑顔だな、正直感心するよ。 「そう、涼宮ハルヒにとって我々SOS団のメンバーは特別な存在といえる、 そのメンバーが怪我や病気になることを涼宮ハルヒは望まない、 そのため、あなたには不老不死、古泉一樹には吸血鬼、 朝比奈みくるは機械の体に改変した」 なるほど、一応理由がある訳か、ん? ちょっと待て、長門の雪女はどうなんだ? 雪女に不死的設定なんてあったっけ? とはいえ妖怪の一種だからいいのか。 おばけは死なない、病気もなんにもない。そんな単純でいいのだろうか。 俺としてはダジャレの線もすてがたいんだが、まあいいか。 「涼宮ハルヒがメンバーの健康状態を危惧するようになったのは、 去年の十二月十八日以降だと思われる。涼宮ハルヒ、古泉一樹、 朝比奈みくるには、わたしとあなたが体験したものとは、 まったく別の出来事を記憶しているのが原因。 その出来事は涼宮ハルヒにとって衝撃的で、今回の方法の重要なファクター」 長門がそこまで言ったところで古泉が、なるほど、 っと言って自分の手の平をぽんと叩いた。 なにがなるほどだ。 そして長門はゆっくりと俺のほうに向き直り、じっと顔を見つめながら、 「その出来事をここで再現し続ければ、 涼宮ハルヒを目覚めさせるきっかけが得られるはず」 ちょっと待て、いま再現し続けるって言いましたか。この野郎。 俺だってその時、何が起こったのかは古泉から訊いていたから知っている。 つまり長門が何を言おうとしてるのかというと、 俺を階段から転げ落として頭を強打させようとしているってことだ、 しかもそれをハルヒの目が覚めるまで何度も繰り返すんだと。なんつうこっちゃ。 そして冒頭のセリフ、マジですか? 長門さん。となるわけである。 それについて長門は一言、 「もちろん」 ほんとに一言だった。 じゃ、俺も一言。 おしまい 「ここで終わりにはさせる訳にはいかない、改変世界の回復を優先してほしい」 「ちょっと、勝手に終わらせないで下さい」 二人から同時に突っ込みを受けた。 俺だってさっさと元の世界に戻したいさ、だが、なんで俺だけ体を張って、 しかも文字通り階段落ちをしなければならないんだ。 いや、一回位ならやってもいいが、何度もやらなければならないのは、 さすがにちょっと、遠慮し……。 ここまで言ったところで不意に足が滑った、体勢を立て直すために右足を出すと、 そこは既に階段だった、 「うわっ!」 と、叫んで手すりを掴もうと反射的に手をのばす、うをっ冷てえ! 手すりが氷になってるし、よく見ると俺がさっきまで立っていた床も氷で覆われていた。 滑ったのはそのせいか。 体が宙を舞う不思議な感覚と背中やひじ、ひざに襲い掛かる衝撃を受けて、 俺は見事に階段落ちをきめた、もちろん、 最後に後頭部を強打すると言うところも忘れずに。 「すぐに起き上がってはだめ」 いてて、と後頭部をさすりながら自分の体に異常がないか確かめてると、 頭上から抑揚のない声が降ってきた。 「気を失った状態になった方がより望ましい」 「そうですね、あの時の再現をするならそこまで演技したほうがよさそうですね」 おいおい、そういうことは事前にちゃんと言っといてくれよ、 しかも不意打ちで足を滑らせるなんて反則だ。 それに再現もなにも俺にとっては初めてのことだ、あと、俺に演技を期待するな。 と、いうわけで第一回階段落ちは失敗に終わった。 俺が不死身の肉体に改変されてるのは本当のことのようだ、 打ち身や青アザくらい出来てもおかしくない転落っぷりだったのだが、 俺の体はまったくの無傷だったからだ。 とはいえ、痛みを感じない訳ではない、そのせいで恐怖心も芽生えてくる。 はっきり言って俺はこんなマゾな性癖を持ち合わせてなどいないからな。 世の中には苦痛が快感になって自分の体をわざと傷つける人間がいるらしいが、 そんなヤツの気持ちなんぞまったくわからん。 そんなヤツには朝倉を紹介してやるぞ。喜べ、今なら虎縞ビキニ姿だ。 仕方なく階段をのぼる俺、うう、足取りが重い。 古泉、ご愁傷様ですって顔でこっちを見るな、同情するなら金をく……って古い! 「心配は要らない、今のはリハーサル、次できめる」 はい、次本番いきまーす、っておい、リハーサルなんか必要ないだろ、 それに次できめるってなんだ? 何をきめるつもりだ、長門。 「別にわざわざ飛び込まなくてもいい、あなたが落ちる状況はわたしが演出する」 と長門は言った、俺は普通に階段を下りていけばいいらしい、 その方が自然だということだ。普通ねぇ……そう言われると意識して行動しにくいな。 で、テイク2。 今度は靴の裏と床が凍りつき、つんのめった感じで階段から落ちた、 ラストは前回同様、後頭部を強打して終わる、やっぱ痛ぇ。 ここで気絶したふりをすればいいんだな、と、思っていると、 「うわっ」っといって誰かがゴロゴロ落ちてきた。 何だ? と思って薄目を開けて見ると、古泉も落ちてきていた。 なにやってんだ、あいつは。 古泉はすぐ隣で俺同様、後頭部を強打して止まる。 これを見てひとつ解かったことがある、 体験するより見てる方が気分が悪いってことだ。 なるほど、次できめるって言った長門の気持ちが少し理解できた。 で、なんで古泉も階段落ちをしてるんだ? と思っていると、 長門も階段から落ちてきた。まじっすか? しかもすっごい不自然な落ち方だ。 直立不動で落ちてきてる──ありえねぇー。 とはいえ、長門も後頭部を強打するラストを迎えるのか、 そう思うとなんだか阻止したくなる、誰だって受け止めたくなるさ、そうだろ。 だが、俺の思惑の斜め上の行動を長門はした。やっぱ長門の思考は計り知れん。 そのまま後頭部から落ちてくるのかと思っていたらいきなりジャンプしたのだ、 ────な!? 虚をつかれる俺。 長門はそのまま空中のキャンバスにムーンサルトを、 きれいなハーフイン・ハーフアウトで描き、そして古泉の腹の上に着地した。 古泉は一瞬かえるの鳴き声のような呻き声をだす。 まるでダウン攻撃だな。などと、思っていると。 長門は「……パラシュート部隊」と、ぽつりと言った。 すまん、意味がわからん。 そして長門はひっそりと両眼を閉じ、崩れ落ちるように俺の上に倒れこんだ。 ……長門!? まてまて、こう言う場合、俺はどういうリアクションをとればいいんだ? はたから見れば押し倒されたようにも見えなくはない、 運悪く三人とも階段を転げ落ちた感じにも見える、 さっき俺が言っていた、階段落ちをしてきた長門を受け止めた様にも見えるな。 で、俺はやっぱり気絶しているふりを続けた方がいいのか? どうすりゃいいんだ監督さんよう、 誰かカット、OK、とか言ってこの演技を終わらしてくれ。 おい、そこっ、うらやましいとか言うな。 仕方なく、俺は小声で、 「どうすりゃいい? 俺はこのまま気絶したふりをしてていいのか」 と、長門に聞いてみた。 「……しばらく、このまま」 ある意味、果報者が聞くセリフかもしれないが、 今はそんなこと考えてられなかった、今の長門は雪女なんだからな、 はっきり言って、寄り添われてると寒い、凍え死にそうだ。 「大丈夫、今のあなたは死ぬことはない、 ザ・フジミとも呼べる存在」 THEを付けただけで、いきなり弱くなった気がするな……、 それよりだんだん感覚がなくなってきたんだが、俺、凍り始めてねえか? このままだと鉱物と生物の中間の生命体になりかねないぞ、 本格的にやばい、意識が遠のいてきた……。 長門、悪いが限界だ、どいてくれないか。 そう言って起き上がろうとした時、長門と目が合った。 いや、合ってしまったと言うべきか。 妖しげな雰囲気、白い肌、少し儚げな感じがする無表情。 胸の上という至近距離からまじまじと俺を見上げているその瞳に、 俺は魅せられてしまった。まずい、抵抗できん。 その瞬間、俺の思考が停止した──。 その後のことは断片的にしか覚えていない、 気が付いたら闇の中を落ちていた。 はっきりと思い出せない、なんかとんでもないことをしようとしてた気がする。 なんかこう……自分の意思とは無関係に腕が動いたような……。 ぐあ、考えたくねえ! それに最後は長門に腕をかまれた様な気もする。 長門に噛み付かれる様な事でもしでかしちまったのか? やっぱ考えたくない、だが、後で謝っておいたほうがいいのかもしれん。 闇の中で浮遊感とともにそんなことを考えながら俺は落ちていっていた。 急に辺りが明るくなり、気がつくと教室の中に俺は立っていた。 これで三度目だな、ここに来るのは。 俺はハルヒの寝ている窓際最後部の方に向く。 安らかな寝顔が見えた。ちっ、忌々しい。 俺は途中にある机や椅子を迂回せず、机の上を飛び石のようにして一直線で向かう、 以前のように足をつかまれて強制退場させられる訳にはいかないからな。 ──ハルヒ、起きろ。 やはりここでは声は出せないままか。だが言わせてもらうぞ。 ──お前にとってはとんでもなく愉快な夢かもしれないけどな。 ──俺にとっちゃ全然愉快でもなんでもねえ、 ──ま、中にはお前の夢の世界ででも楽しんでる人もいるが……。 ──それでも迷惑に思ってる奴がいるんだ、 ──だから早く起きろ、いつまでこんなところにいる気だ、 ──天岩戸じゃあるまいし、お前は天照大神か? ──こんなところで寝てたってちっとも愉快な出来事は見つけられないぞ。 ──SOS団のみんなで何かやってる方が楽しいんじゃなかったのか? ──それに……。 声にはならなかったが言いたい事のほとんどを言った時、自分の机まで来ていた。 そのままゆっくりと自分の机の上に座る。 ハルヒの穏やかな表情の寝顔を見て、ふと思う。 果たしてこの騒動は本当にハルヒの能力が原因なんだろうか。 誰だって寝不足になったり夢をみたりするだろう、 いくらハルヒでもそんなことぐらいで世界を改変させるのだろうか? だったらもっと頻繁にこんな騒動がおこってもおかしくないはずだ。 あえてハルヒに改変能力を使わせようとしてる黒幕がどこかにいるんじゃないのか。 なぁんてことを考えてたが、そんなこと考えるのは長門と古泉の役目だ。 柄にでもないことしちまった、さて俺の役目は決まってる、 そのためにここに来たんだからな、もう一度ハルヒの寝顔を見る。 人の気も知らないで気持ちよさそうに寝てやがる。やれやれ。 俺はやわらかそうなハルヒの頬に手を伸ばし、 ──それに……だ、お前のいない世界はやっぱ落ちつかねえし、つまんねえよ。 そう言って俺は少々強めにハルヒの頬をつまんでやった。 その後のことを少し話そう。まあ、エピローグ的なものだな。 結果、俺はハルヒを起こすことに成功し、無事にもとの世界に戻れた。 ハルヒが起きた瞬間、さっきまで誰もいなかった教室に生徒が現れたのだ。 みんな普通の姿だ、へんな改変はされていない。 それはいいのだが、程なくして担任の岡部が入ってきて、 朝のホームルームをはじめたのだ。なに? 朝? 俺の体感ではたしか夕方だったはずなんだが、 ということはもう一回今日をやり直せってことですかい、ハルヒさん。 もうすでに俺は色々あったんで休息をとりたいのだが、 帰っていいかなぁ、俺。て、やっぱそれは無理ですか、そうですか。 くそ、ハルヒの奴め、じゅうぶん睡眠をとれてやたら元気になってやがる。 忌々しい、お前にはセリフをやらん、てことで全部俺のモノローグだ。 さて、昼休みになって、俺はまたもや文芸部の部室に向かった、 チョット訊きたいこともあるし、それに、 なんだか知らないがココの主に謝らないといけない気がするからな。 部室に入ると予想どおり長門はいた、 いつもの席に座って本を読んでいる。本を読めるようになってよかったな。 とりあえず話し掛けてみた。 いつもなら本を読みながらでも返事くらいはしてくれるのだが、 なぜか今日は本を読むのを中断し、顔を上げ、 「…………」 無言で俺のほうを見る長門。 なんか念波を送っている感じがする、やっぱ怒ってらっしゃる? 「あーそのーなんだ、すまん、あんまり覚えてないんだが……」 いや、言い訳はよくないな。 「長門、すまなかった、なんかとんでもないことをしちまったみたいだな、俺、 このとおり謝るから機嫌を直してくれ、な」 そう言って頭を下げる俺。 これで許してもらえるだろうか、と顔をあげて見る。 いつもの無表情だが、気のせいか俺には困惑しているような、 または残念がっているような感じに見えた。 長門は二回ほど瞬きした後、目線を本に戻し、 「……それは勘違い、わたしは怒ってなどいない」 え!? 「だから謝る必要はない」 じ、じゃあ、あの最後に噛み付いたのはいったい? 長門はもう一度ゆっくりと俺の方に向き、 「それはあなたの体表面に、 涼宮ハルヒを強制的に覚醒させるプログラムを展開させるためにしたこと。 一度目の転落時、涼宮ハルヒにアクセスすることが出来た、 その時に、何者かの介入があったこと、 彼女が強制的に夢を見る状況に追い込まれていることが判明したため」 て、ことはやはり黒幕がいたってことか。 長門を怒らせてしまったのかとヒヤヒヤしていた俺は正直ホッとしていた。 無意識状態だったとはいえ、俺は、いや、俺の腕は長門をギュっと抱……。 あーっだめだ! 思い出しただけで自分の頭を壁に打ちつけたくなる。 あれは幻覚だ、忘れるんだ、俺──。 落ち着け、話を戻そう、確か黒幕がいたってことだったな。 「ひょっとして雪山山荘事件の野郎か?」 俺がまず思い立ったのはそれだった、たしか広域帯宇宙存在だっけ、 閉じ込められた吹雪の山荘から脱出した時と、 今回の騒動を終わらせた時の状況がよく似ていたからそう思ったんだが。 「おそらく、そう……前回より効果的なアプローチになっている」 連中も学習しているってことかよ、だったらもっとまともに挨拶に来い。 いや、だからと言って普通に宇宙人ですって挨拶に来られても困るわけなんだが。 まあ、長門の説明によるとやつらの仕業で間違いないようだ。 今後、似たようなことが起きない様に警戒と対策を施しておくそうだ。 あと長門は、今回の改変騒動は強制的に睡眠状態にされたハルヒが、 異常状態を俺たちに知らせる為の方法かもしれないと言っていたが、 真相はハルヒの心の奥にあり、そして俺にとってはもうどうでもいいことだ。 ただ、どちらかといえば陰鬱で殺伐とした世界じゃなく、 比較的、気楽で愉快な世界に改変されていたのが救いだと俺は思う。 そういや、生徒会長が言ってたな、ハルヒのことを頭のニギヤカな女だって、 まったくもってその通りだな。 それと、俺が着けていたトナカイの被り物だが、 あれがハルヒのいた空間とつながっていたそうだ。 あの騒ぎから数日間、時折長門は俺の顔を見つめてくるんだが、 やっぱ怒ってたのだろうか? いや、気のせいだな、すでに今はいつもの長門だしな。 そして今回の騒動、長門の親玉も色々と興味深く感じていたそうだ。 まさかとは思うが、次は長門の親玉主催の乱痴気騒ぎが起こるんじゃあるまいな。 明日学校に行ってまたもや変な改変世界になってたら、 今度は俺が天岩戸に閉じこもってやる、 アメノウズメ役はだれかほかの人にたのんでくれ、俺はもうこりごりだ。 おわり 挿絵1 長キョン あとがき、のようなもの。 俺、実はなま足萌えなんだ、いつだったか朝倉の太ももは、 そりゃもう反則なまでに魅力的だったぞ。 なぁんてことを考えて朝倉をSSに出演させるために考えはじめたのがこの話です。 でも朝倉の活躍はまったくありませんがね。 あと、ギャグ展開にしようと思ったのはバンブーブレードの一話を見て、 影響を受けたためです。ある意味自殺行為だったけど。 しかし、深淵の連載中、いろいろと名作も投下されてて自分の文才のなさに凹みまくりました。 ほんと小説になってねぇな俺のは、一話なんてキョンのモノローグ風プロットってかんじがする。 次回作はもう少しマシにしたいなぁなんて考えておりますが、 はてさてどうなることやら。 と、いうわけで次回はミステリーに挑戦する予定です。 おまけ ハルヒ「……ここでSS投下予告」 キョン「テンション低!、前回は俺がいなくなる話だったが、今回はなんだ?」 ハルヒ「今回の話、あたしの出番がほとんどないし、つまんなさそう」 キョン「真面目にやらんと予告コーナー長門に取られちまうぞ」 ハルヒ「わ、わかったわよ、真面目にやればいいんでしょ」 キョン「そうそう、で、タイトルは『涼宮ハルヒの……何て読むんだこれ、フカブチ?」 ハルヒ「深淵よシンエン、『涼宮ハルヒの深淵』わかった?」 長門 「……読んで」 キョン&ハルヒ「うおっ!」 恥ずかしながら、これは第一話投下時に使用した予告レスです、 深淵という文字の読み方が解らないって方がいたからここに載せておきますね。 次回予告 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのセリフ無くすなんていい度胸じゃない!?」 キョン「文句はあとで聞いてやるから落ち着いてくれ、今は予告をだな……」 ハルヒ「むうー、今回出番はほぼ無いし、ずっと寝てて退屈だったのよ! もう、 じゃあ、さっさと次の予告いくわよ! 次回はちゃんとあたしの出番あるみたいだし」 キョン「その調子でいこう、次回はミステリーだそうだ」 ハルヒ「タイトルは、『新・孤島症候群(仮)』ってことらしいけど、 よくあるタイトルよね」 キョン「被ってなきゃいいんだが……」 ハルヒ「ところで一つ訊きたい事があるんだけど」 キョン「なんだ?」 ハルヒ「真のますらおってなに?」